(573)突然訪れた、2020年最後の走り-2

仕事納めから2日経ち、年末年始の休暇を満喫するつもりだったが、忘れていたバッグパックを取りに事務所へ。
それが運の尽きだった。

「コンコン…」。
入口のドアがノックされ、「はぁい」。
ドアを開けると、おばちゃん。
うちの事務所が入る雑居ビルの、別のテナントで商売をしているおばちゃんだ。
普段、廊下ですれ違う際に挨拶をする程度の関係で、趣味も名前も年齢も知らない。

で、「何でしょうか?」。
「ちょっとお願いがあるんですよ」。
そう言って、おばちゃんがB4の用紙を俺に差し出した。
さっと目を通したところ、各テナントの水道料金、電気料金の徴収表。
「あ、そういうことか」。
以前にもおばちゃんに頼まれ、ビルの管理に関する表を作ったことがある。
「また表を作成してってことか」。

「この表ねぇ、○○室のオーナーさんのAさんに作ってもらったんですけど、字が小さくて私には読めないんですよ」。
俺からすると、「ほな、眼鏡掛けたらええやん」だが、おばちゃんの口から「字を大きくしてもらえませんかねぇ」。
「え、字を大きくすること自体は簡単ですよ」。
「じゃあ、お願いできますか?」。
「いや、その前に、この表はパソコンで作ったと思うんですね。で、作った人、Aさんに『フォントサイズを変えて』って言えばいいと思います」。
「それがねぇ、Aさんは小さい画面のパソコンを使ってるから、『字を大きくすることはできない』って」。
内心、「え?」とたじろいだが、その辺りを説明をしたところでレベル的に無理だろう。
「でしたら、うちの方で文字を大きくするので、AさんからExcelのファイルをもらって…」と言ったところで、おばちゃんの頭の上に「???」が見えた。
「えっとですね、パソコンで作った表のデータを自分に渡してもらいたいんですよ」。
おばちゃんの頭の上に、また「???」。
「Aさんがパソコンを使って表を作成した結果、今、現実として、我々の前にこのB4用紙(表)があるわけですね?」。
「はい」。
「で、自分は用紙ではなく、Aさんがパソコンで作った大元のデータがほしいんですよ」。
「?」。
「Aさんのデータがあると、自分の方でちょこっと修正したら完成するんです。ただ、無い場合、自分の方で最初から表を作るので手間になるんです」。
「はい」。
「とりあえず、何らかの形でAさんのパソコンに入っているデータを持って来てくれますか?」。
「はぁ」。
「まぁ、Aさんにそう伝えて頂ければ、後はこちらで対応しますので」。
「でも、Aさん、お忙しいようで…」。
俺としては、「もう、どうしょうもないわ」だ。
年末年始の休暇に入り、好きな時間にサイクリングを楽しみ、好きな時間に酒を飲む。
もう、そういう体と思想になってしまった。
面倒なことに首を突っ込みたくない。
「まぁ、そういうことで」。
事務所のドアを閉め、俺は自分の席に戻り缶コーヒーを口に含んだ。

が、家に帰って布団に寝転がり、天井を見詰めながら大いに反省。
よく考えてみえると、おばちゃんはえらい。
毎月毎月、うちの会社が入る雑居ビルの各部屋を訪問し、メーターをチェック。
電気使用料を表にメモして管理して、月末、各部屋に請求書を渡して回る。
一銭の得にもならないのに。

翌日、俺はまず事務所に向かった。
ロードに乗ってる場合ではない。
そして、荷物を置いてから、「コンコン…」。
おばちゃんの店のドアをノック。
「昨日の、あの電気料金と水道料金の表なんですけど、自分の方で対応させてもらいますわ。字を大きくしたらいいんですね?」。

つづく

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