(291)ロードで中之島をうろつき、思い出にふける~社長をどつこうか迷ったこと~

「このおっさん、どつきまわして会社辞めよう」。
以前、働いていた会社の飲み会でのこと。
酔っ払った社長と向き合い、どう対処するか俺なりに悩んだ経験がある。
今日、ロードバイクで大阪を走り、中之島をうろうろしている時に思い出した。

当時、20代後半の俺は、中之島の近くにある某システム開発の会社に勤め、残業と不眠症に苦しむ日々を送っていた。
俺にとって唯一の救いと言えば、休憩時間に出向先の人たちと冗談を言い合うことぐらい。
スケジュール的には、常にあっぷあっぷで、出勤してから息を吸い、終電前の退勤まで息を吐けない感覚を覚えながら働き続けた。
出向先には、同じ会社の先輩がふたりいたが、ひとりは冷たく指摘するタイプで、もうひとりは過去の苦労話を交えてエンドレス説教をするタイプ。
ふたりに対して人柄を憎むことはなかったが、何度も詰められていると精神的に疲れ果て、「俺、死ぬしかないんかな?」と思ったことがある。

少人数の会社なので、社長の一声で急に飲み会が決まる。
「ただでさえ忙しいのに、イベントごとは勘弁してくれよ…」と思ったが、積極的に参加し、楽しそうに飲まなくてはならない。
社長は酒が大好きなので、飲む機会にはかなり張り切っていたと思う。
自分が立ち上げた組織のメンバーを集めて飲む酒は、さぞかしうまいのだろう。
酒は俺も好きなのだが、会社の飲み会は心底嫌だった。
酒癖の悪い社長を目の前にし、詰められて飲む酒は、世界一まずい酒なのだ。
もう二度と味わいたくない。

「君はもっとやらなあかんやろ?毎日毎日、図やら表やらなんやら書いて、設計書の端くれみたいなん書いてそれでええんか?」。
「君の後輩ももうすぐ入るんやぞ。今のままでええんか?」。
酒を飲み、べろんべろんになった社長から指摘される。
「ごもっともです」としか俺は言えなかった。
ただ、毎日遅くまで残業し、休日も出勤し、目の前のことで頭がイカれそうになっている俺には、後輩がどうとか、先のことなんて考える余裕が無かったのも本音だ。

「君なぁ、偉そうにしたいやろ?後輩の前で偉そうにしたいやろ?じゃあ、今、何をすべきや?」。
社長が言った。聞いてる俺には違和感が残る。
「下の人間に偉そうにしたないんか?」と、さらに被せてせてきた。
「いえ、自分は偉そうにしたくないです。自分より立場が弱い下の人間に偉そうにしたくないです。自分が惨めになりますので」。
それは本心だし、立場が弱い社員に無駄に詰める社長。
彼に対する皮肉も込めて、俺はそう返した。
「そうかぁ」。
「あぁ、そうかぁ」。
社長は同じ言葉を繰り返した後、「君は優しいんやわ。君は犬飼ってたんやろ?だから優しいんやわ」。
俺は、「犬と何が関係あんねん?アホなんか?」と思った。

「君が優しいはええけどな、君は男やろ!シャキッとしろよ!」。
社長が吠えた。
仕事に対する指摘に対しては、素直に受け止めようと心掛けているが、「おい、しつこいぞ。指摘からいじめのラインを少し越えたんちゃうか?」と思った。
こんなことは過去にも何度かあり、俺は我慢していたが、「じゃあ、シャキッとしよか?本気で行くで。あんまり調子乗るなよ」。
そう目で伝えたくなり、社長を睨む俺。

「君が男なら、キ×タ×付いてるんやろ!?」。
また社長が吠えた。
が、「下の人間にいちいちくっだらないマウント取りやがって。ぬるい話は抜きでいこか」と思い、スイッチが入る。
リアルたけしの挑戦状に向けて、カウントダウンが始まった。

「このおっさんをどつくぐらい簡単や。問題は…」。
近くに座る先輩ふたりを見る。
「社長をどついた後、俺はこのふたりに袋叩きにされるな」。
「まぁ、それはええわ。どっちみち俺は会社辞めるんや。安月給の上にクソみたいな飲み会に参加せなあかん会社におっても、人生の無駄や」。
「さっさと辞めた方が有意義」。
至近距離で社長を睨みまくる俺。

40代の眼鏡をかけた小太りの社長。
殺す勢いで睨む。
が、「そういや、入社する時、このおっさんとの面接があったな」。
「このおっさんのおかげで採用された面もあるやろな」。
「入社してからも、俺の知らんところでフォローしてくれてたこともあったんやろな」。
「やっぱり、どついたらあかんわ」。

俺は冷静になる。
睨むのをやめた。
「それや!その意気や!今の君の目を見て感じたわ!」。
社長がそんなことを言っていたような記憶があるが、「どうでもええわ」と思った。

日々の業務に追われ(俺の能力にも問題があると認めるが)、断りにくい不愉快極まりない飲み会にも参加しなくてはいけない環境。
月に100万でもくれるなら納得もできるが、「割に合わんな」が正直な気持ち。
居心地の良さなど微塵も無ければ、給料も安い(俺の実力に問題があるのもわかっている)。
「なるべく早く、適当なタイミングでこの会社を辞めよう」。
決心がついた。 

数日後、仕事の手を休め、トイレに向かって通路を歩いていると、エレベーターの前にある灰皿の脇に社長が立っていた。
俺を見るなり、「この前は君に失礼なことを言った。すまなかった」。
社長は姿勢を正して俺に頭を下げた。
「いえ、そんなの気にしてないですよ。勘弁して下さい」。
口ではそう返したが、「酒癖の悪い人間は、どうせ同じことを繰り返すでしょ」と、俺は冷めた気持ちだった。

数ヶ月して、仕事上、今まで当たり前に出来たことが出来なくなった。
「最近、疲れてると言うより、俺、おかしなってへんか?」。
それを自覚して、急に不安になる。
先輩に相談し病院に行ったところ、「あなたは完璧に鬱です」と。
「独身の社員はみんな鬱になる」という文化がある会社だったが、まさか自分が鬱になるとは思っていなかった。
「俺の人生、どうなるんやろ…?」。
不安、不安、不安…。

診断結果を先輩に報告すると、「今日は帰れ」と。
数日間、出勤しなくてもいいと。
最後に辞表(ネットで調べて書いた)を持って出社。
一応、気を使って、百貨店寄って煎餅を適当に買い、「お世話になりました。ありがとうございました」と社長に言い、渡す。
「こんなん買ってきてなぁ、そんな気を使う余裕があるんやったら、ずっとうちで働いてくれたらええのに」。
すごく残念そうな顔でそう言う社長を見て、俺は「このおっさんをどつかなくてよかった」と心の底から思った。

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