(292)ロードで中之島をうろつき、思い出にふける~霊媒師~

大阪の街中を流れるふたつの川に挟まれた中洲。
中之島。
大阪の中心と言えば、大阪駅や繁華街がある梅田をイメージする人が多いと思う。
が、オフィス街に囲まれ、大阪市役所や歴史ある図書館や公会堂がある中之島も、大阪の中心と言えるのではないかと俺は思う。

前回に続き、中之島を走り思い出した、俺が働いていた中之島近くの会社の話。

20代後半、小さな会社に中途入社した俺。
社内では一番の下っ端で、いつも一番早く出社しなければならない俺。

会社の鍵を開け、ポットのお湯を変え、急須と湯呑を洗い、急須に茶葉を入れ、社長と事務のおばあちゃんが来たら、すぐにお茶を飲めるようにする。
ちなみに、先輩は出向先に直行直帰なので、社内で顔を合わす機会は少ない。

入社して数日後、「あぁ、言ってなかったなぁ。朝、お茶が出来たら、そこに1杯置いといて」。
事務のおばちゃんが、窓際にあるプリンターのラックに指を指し、そう言った。
以後、俺は言われた通りの位置にお茶の入った湯呑を置いたが、「これ、なんか意味あんの?」。
神棚でも仏壇でもない場所にお茶。
まぁ、大して手間にはならないが、なるべくなら作業の意味を理解した上で従事したい。
昼飯を食いながら、おばちゃんに聞いてみた。
「そこにお茶を供えるの、意味あるんですかね?」。
「あぁ、あれな」。
おばちゃんの説明が始まった。

この会社は、もともと大阪の郊外にあったが、俺が入社する数年前、中之島近くのビルに今の事務所を構えた。
フロアに入り、一番奥(窓の近く)に社長の机を置き、社長は業務に努める。
が、足に激痛が走ると。
原因がよくわからないらしい。
「ここに来てからなぁ、毎日、足がめちゃめちゃ痛いねん」。
社長が言う。
事務のおばちゃんは、「何か原因があるはず」。
おばちゃんは信仰心のあつい人で、目に見えないものを信じるタイプ。
「きっと、霊のしわざやな」。
おばちゃんネットワークを駆使し、有名な霊媒師にお願いして、会社に来てもらった。

「あぁ、そこやな。足の悪いおばあさんがおるな」。
霊媒師が言うには、昔(江戸時代?俺の記憶が曖昧)、近くの川(会社からすぐそこにある、中之島を挟む川?)で洪水があり、この辺りに住んでいたおばあさんが亡くなっていると。
「おばあさんはなぁ、足が悪いねん。今もそこに立ってるわぁ」と。
「悪いおばあさんと違うから、毎日な、ちゃんとお茶を供えたら社長の足は治るよ」。
言われた通りにすると、しばらくして、社長の足は本当に治ったそうだ。

「なるほど。そういうことで、毎朝、あそこにお茶を供えなあかんかったんですね」。
俺はすっきりした。
「まぁ、霊媒師の人には定期的に来てもらってるから、あんたも近いうちに会うわ」。
続けて、事務のおばちゃんが言った。
「会ったらな、一言、お礼を言うときや。あんたの採用を決めたんは、霊媒師の人やで。あんたの履歴書を見て字画をチェックして『この子、採用しい』言うて決まったんやから」。
「は?そんな理由で俺は採用されたん?」と、俺は口にしそうになった。

入社して1ヶ月ほど経った頃だろうか。
会社に霊媒師が来た。
「おそらく、銀座ジプシーみたいな人なんやろな」と勝手に想像していたが、フロアに入ってきたのは、普通のおばちゃん。
事務のおばちゃんとおばちゃんトークを始め、俺はちょっと離れた所でぽか~んと眺めていた。
「あぁ、あんたやな。新しく入った子は」。
霊媒師のおばちゃんが俺に向かって言った。
「はい」。
「あんたは覚えが悪いけど、真面目にやったらものになるわ。頑張りや」。
「はい」。

「どう見ても普通の大阪のおばちゃんやけど、ほんまに霊媒師なん?」。
素直に疑問を持ったが、先日言っていた事務のおばちゃんの話を思い出した。
「霊媒師の人はなぁ、もともと普通の主婦やってんけどな、ある時からな、夜中、寝てたら仏さんに起こされるようになって、霊能力に目覚めたんやって」。
「ほんまはな、有名企業、大企業から引っ張りだこやねん。それでもな、縁があって、私らみたいな小さい会社にも来てくれるようになってん」。
理解できるようなできないような…だが、とにかく、そんじょそこらのおばちゃんではないらしい。

「あんたなぁ、ええから、ちょっとそこに寝てみ」。
霊媒師のおばちゃんに言われる。
「事務所の床に寝なかんの?」と思ったが、何故か事務所には敷布団があった。
寝転がる俺。
霊媒師のおばちゃんは、手を俺の背中や腰にかざす。
自覚は無いが、俺は気やらオーラを発していて、それをチェックしてるのだろうか?
2~3分して、「あぁ、あんたな」。
霊媒師のおばちゃんが口を開いた。
「あんた、肥えすぎやわ」。
当時、俺は身長167㎝で80㎏近くあった。
ロードバイクに乗る数年前だ。
「なるほど。肥えすぎか」。
納得はしたが、「見たらわかるやんけ!」とも思った。
「ちょっと痩せた方がええで。健康のためにな」。
「はい…」。

また、おばちゃん同士の世間話が始まり、近くの席でぼんやり聞いていると、「じゃあ、そろそろ行くわ」。
霊媒師のおばちゃんが立ち上がり、鞄を手に取る。
そして、帰り際に俺の顔を見て、「あんたになぁ、ええもんあげるわ」。
「小遣いでもくれんのかな?」と、俺はちょっと期待したが、霊媒師のおばちゃんが鞄から取り出したのは、数珠。
「これ、いつも持ってたらええわ」。
「ありがとうございます」と、俺は一応礼を言った。

「今も元気に人助けをしてはるんかな?」。
たまたま昔の会社の近く、中之島をロードバイクで走り、ふと思い出した。
一度会ったきりで、霊媒師のおばちゃんと次に会う機会は無かったが、話好きで世話好きそうなおばちゃんの印象は、今も強く残っている。

貰った数珠は、数年前、いつも手首に巻いていた。
ごく稀に、他人に見られた際、「信心深いんですね」と言われたことがあったが、その度に「はい」。
ちなみに、今はもう手元に無い。
多分、散らかった部屋のどこかにあるとは思うのだが。

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