(293)ロードで中之島をうろつき、思い出にふける~図書館と水滸伝~

大学5回生になったばかりの俺は、ピンチに陥っていた。
単位が足りない。
卒業できない。
再び留年の可能性がある…。
就職活動などしている場合ではない。
仕方ないので、友達が少ない(俺を残して卒業した)退屈な大学にそこそこ真面目に通ったが、外国語や共通科目の単位もまだ不足している。
10代後半の学生と一緒に受ける講義は、23の俺にとってそこそこの恥辱となった。

「なんとなく興味あるな」と、共通科目で受講したのが東洋文学。
テーマは水滸伝。
履修上の注意として、「中国語を履修していることが望ましい」と記されていたが、「俺は大丈夫やろ」と。
「中国語は全然わからんけど、水滸伝は小説と漫画で読んだから、なんとかなるわ」。

余裕をかまして最初の講義に出る。
非常勤の講師だろうか。
眼鏡をかけた丸顔のおっちゃんが担当者。
随分と優しい語り口でこう言った。
「いやぁ、今朝は自転車で通勤したんですけどね。駐輪場に入ろうとしたら、警備員に止められました」。
「いきなり何の話や?」と思いながら聞いていると、丸顔は、パンダの着ぐるみのような帽子を教卓に置き、「これを被っていたせいですかね。ハハハ」。
「えらい変わった人やなぁ」と感じた学生は、俺だけではないはず。
ちなみに、卒業してから「レッサーパンダ帽男殺人事件」という悲惨な事件をテレビの報道で知った時、「まさか、あの丸顔か!?」と思ったが、犯人は別人で少しほっとした。

水滸伝の原文を書く丸顔。
ホワイトボードは、漢字で埋め尽くされる。
それを和訳して、昔の中国の時代背景を説明する丸顔。
正直、勉強や学問と感じられないほど、楽しく興味深い講義だった。
水滸伝は、将軍や貴族が天下統一するという物語ではなく、町の人に慕われ、筋を通す男たち(一部、女性もいた)が様々な理由で山賊になり、一大勢力へと発展する。
そんな好漢が主役の物語。
偉い地位の人たちではない分、俺にとって身近に感じられる。
また、彼らの根拠地である梁山泊は、子供の頃に憧れた秘密基地のようで魅力的だ。
この物語は、70回本、100回本、120回本があり、ボリュームが異なる。
が、半年間、週に1回の講義なので、70回本ですらカバーするのは不可能で、要所をかいつまんで進められた。

学期も終わりに近付き、試験について丸顔が説明した。
共通科目の2単位でも、俺にとっては死活問題だ。
単位の取得条件として、「○回から○回までの原文と、自分なりの和訳をレポート用紙に書いて提出しなさい」と。
自分なりに和訳と言われても、俺には中国語がさっぱりわからない。
ただ、講義中に丸顔が「宝島社の駒田信二さんの本には」と言ってた記憶があったので、近所の図書館に行ったところ、絶版であると。
「参ったなぁ」と図書館員に相談し、取り寄せてもらうことになった。
「あとは、原文やな」。
今ではパソコンなりスマートフォンで調べれば済むが、当時はインターネットが今ほど普及していなかった。
「あの、水滸伝の原文はこの図書館にありますかね?」。
「それは、中之島図書館にありますので、伺ってみて下さい」とのこと。

地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅を降りて、中之島図書館に向かう。
高校時代、淀屋橋駅を毎日利用していたが、勉強、学問に対する向上心が欠落している俺には、中之島図書館は永久に縁が無い場所だと考えていた。

初めての中之島図書館。
洋風建築。
明治時代に建てられただけあって、風格がやばかった。
ただ、ボロボロ。
「ほんまに大丈夫か?たまたま地震きても大丈夫か?」と少し不安になる。
中に入ると、「大丈夫か?格調高いけど、ほんまに大丈夫か?」。
また不安に。

「水滸伝はどこにあるんかな?」と、各フロアを探して回ろうとしたが、「面倒やな」。
図書館員に聞くことにした。
「水滸伝の原文を知りたいのですが、どこにありますか?」。
確か、50ぐらいの女性職員だったと思う。
「調べたところ、貸し出しすることはできません。必要な箇所を指定して頂けると、コピーすることは可能です」。
そして、かなり分厚く、ページをめくるとバラバラになりそうな古びた本を手渡された。
傷んだ表紙には、「水滸伝」。

「レポートの範囲は、この辺りからこの辺りまでやな」。
ページ番号をメモして、先ほどの女性職員にコピーをお願いする。
料金は、1枚につき10円だと勝手に考えていたが、1枚につき30円だったか50円を請求され、「うそぉん!」。
少しの衝撃を受け、俺は中之島図書館を出た。

あれから20年以上経ち、ロードバイクを腰に立て掛けながら、中之島図書館の写真を撮る。
「知らん間に改装したんやろか?昔より綺麗になってるよな」。
「ボロい方が風格あってよかったんちゃうか?まぁ、入るん怖かったけど」。
そんなことをひとりで思いながら、2~3枚撮って、サドルに股がった。
西宮に帰る。

ちなみに、その後、レポートは無事完成した。
ただ、確実に単位が貰えるか不安だったので、当時バイトしていたコンビニ(直営店)の社員、Kさんに協力をお願いする。
Kさんは、龍谷大学で東洋史学を学んだと聞いたので、「中国語、ペラペラですよね?ちょっと教えてほしいんですけど」。
「ペラペラってほどじゃないけど、何?」。
「『自分は卒業がかかっています。どうか単位を下さい』を中国語で書いてほしいんですよ」。
「う~ん」。
数日後、「多分、これで合ってると思うわ」と、Kさんにメモを貰った。
それをレポートの最後に記し、提出。
おかげさまで単位を取得でき、俺は喜んだ。
たかが2単位だが、ギリギリ卒業できるかどうかの俺にとって、人生を左右する大切な2単位だった。

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