(297)ロード乗りなりのコンビニマナー

高校で1年間、大学では3年間、俺はコンビニでバイトしていた。
当時、時給は700円~750円ぐらい(時間帯にもよるが)。
今考えるとかなり低いが、「世の中にはいろんな人(常識が通用しない人も含む)がいるんやなぁ」と社会勉強させてもらい、自分にとって収穫になったと思う。

繁華街から少し離れた、ちょっと冴えないオフィス街のお店でバイトを始めたある日のこと。
レジの中で箸の補充など細々した仕事をしていると、「コンコン」。
道路に面したレジの後ろの窓が軽く叩かれ、俺は驚いた。
「誰や?業者さんか?用事があるんやったら、入口から普通に入ってきたらええのに」。
そう思い窓を開けてみると、薄汚れたおっちゃんが顔を出した。
おそらく、空き缶を拾う仕事をしている人だ。
「チキンラーメン、おくれ」と言って、俺に代金を差し出す。
俺は売場に向かい、チキンラーメンを手に取って、お釣りと一緒におっちゃんに手渡した。

「普通に入口から入って、普通に買い物したらええのに」。
どうも釈然としないままバイトを終え、晩飯を食いながら、空き缶拾いのおっちゃんのことを母親に話した。
「あぁ、そういう人もおるんやなぁ」と、感心する母親。
「その人はなぁ、お店に迷惑を掛けなくないから、そんな買い方しはったんやわ」。
「迷惑?」。

おっちゃんがチキンラーメンを買ってくれることで、俺の時給が1,000円に上がるわけではないが、チキンラーメンひとつでもお店にお金を落としてくれるおっちゃんは、有り難い客ではないか。
「迷惑なんか掛かるか?」。
まだ釈然としない。
「あのおっちゃんが、人様に迷惑掛けること…。あぁ、なるほど。身なりの汚さか」。
薄汚れた格好で悪臭を放ち、普通に入店して普通に買い物をすると、お店や他のお客さんに迷惑が掛かる。
それを避けるために、窓から代金を渡し商品を受け取る、古い煙草屋みたいな買い方をしたのだ。
「あの人なりに、人様に迷惑を掛けない生き方を心掛けてるんやなぁ」。
空き缶拾いのおっちゃんから学んだ18歳の俺。

高校を卒業しコンビニバイトも辞め、また20歳ぐらいから別のコンビニでバイトを始めた。
1時間あたり40人近くのお客さんに接すると、そこでまた、いろんな人と出会う。
買い物をする度に「ありがとう」と言ってくれるお姉さんや、いつも「兄ちゃん、元気か?」と声を掛けてくれるタクシー運転手のおっちゃん。
接客を楽しく、嬉しく感じさせてくれるお客さんと出会う。
逆に、「こいつは本当に人間なのか?」と思うぐらい非常識な人に向き合わなくてはならないこともあれば、犯罪に巻き込まれそうになったことや、警察を呼んだこともある。
その度に、「人って怖い」と感じた。

今はもう社会人になって、コンビニでバイトをする機会は無くなったが、客としては日常的にコンビニを利用している。
一応、俺は店員の立場を経験しているので、「自分がされて嫌なことはしない」と、店員を不愉快にさせない態度で買い物をしようと心掛けている。
まれに、「こいつ、アホやろ」と感じられる店員もいるが、なるべく我慢する。
商品を選んでレジに持って行き、精算するのは一瞬。
その後、お互い、不愉快にならず別れればなと思う。

ロードバイクに乗ることが趣味になり、ロングライドする際は、1日に何度もコンビニにお世話になる。
トイレを借りたり、水を買ったりで。
勿論、店員を不愉快な気持ちにさせないように、お店に迷惑を掛けないように心掛けてるいるわけだが、「ちょっと待てよ。俺、かなり迷惑な存在やな」。
数年前の夏、それを自覚した。

夏のクソ暑い中、クランクを回す。
信号待ちの度にボトルの水を口に含み、すぐにカラ。
走りながら、ふとブラケットを握る手に目をやると、汗を含んだグローブに塩が浮いている。
行く先にコンビニが見えると、「水を補充せなあかんわ」と、お店の前の柵にロードを立て掛け鍵を掛ける。
グローブを外し、ヘルメットを脱いで入店。
冷房に心地好さと違和感を受け、トイレに直行。
「もたもたせんと、さっと水を買って走りだそう」と思いながら、用を足す。
トイレを出て手を洗っていると、目の前の鏡が目に入り、俺は愕然とする。
「こいつ、めっちゃ汚ならしいやんけ」と。

汗が染み込んだジャージを羽織った俺。
ぐちゃぐちゃに蒸れた髪。
ヘルメットで抑え込まれた部分はべちゃっとしている。
ヘルメットの外、無駄に長い前髪はすごい方向にはねている。
「えらいことになってるな、俺」。
心の底から自覚した。

「あの空き缶拾いのおっちゃんと変われへんやん」。
着ているものが地味か派手か(サイクルジャージ)の違いはあるが、他人から見たら誤差レベルだろう。
「もしかして、俺、店員や他のお客さんに迷惑を掛けてへんかな?」。
トイレを出て、さっと水を手に取りレジで精算。
俺は店を出た。
「夏はこれから、レジの後ろに窓がある店で買い物せなあかんな」。
そう思いながら、俺は脚を回した。

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