(57)金本知憲選手引退試合の夜、俺はロードバイクに乗って死にかけた。

「毎日走りたい」。
ロードバイクを買って、はまりまくった俺は、日々のスケジュールの中で時間を捻出し、隙あらば走り回っていた。
早朝であろうと深夜であろうと。

ただ、ある程度走って感じたのだが、高性能のライトをつけても暗い時間帯はどうしても怖い。
明るい時間帯に比べると、道に何が落ちているか、路面が荒れているか、それを判断するのが難しい。
俺としては、なるべく怪我をしない趣味としてサイクリングを楽しみたい。
そう願っても、毎日昼間にサイクリングできるほど時間の余裕があるわけではなく、仕方なく夜に走る日々を過ごした。

43号線を神戸に向かうと、左手に甲子園球場がある。
その日は、金本知憲選手の引退試合で、試合が終わってからも、球場を取り囲んでいる多くのファンの姿が見えた。
俺は神戸を目指し、ひたすらクランクを回す。
この43号線は、信号が少なく走りやすいのだが、トラックが飛ばしまくっている道路でもある。
それに恐怖を感じ、危険を察知した時に歩道に逃げようと試みるのだが、車道と歩道の間にある防音壁が邪魔になるのが困りものだ。
できるだけ慎重に慎重に進まなくてはいけない。

西宮市から芦屋市を経て、神戸市に入ったところで折り返す。
ここまで家から15㎞ぐらいかと思う。
往復で考えると、なかなかいい運動になる距離だ。
この神戸までの深夜サイクリングを、毎晩とまではいかないが、数ヶ月繰り返している俺。
「この道も飽きてきたし、たまには違う道で帰ろうか」と思ったのが、判断ミスだった。

いつもの折り返し地点から、少し南に行き、海に近い道を走って帰ろう。
辺りは暗くてわかりにくいが、高速を走る車のライトは確認できた。
少し遠くに強い光があるが、多分、ラブホテルだろう。
それ以外は確認できず、なんとなく、俺がいる辺りは工場が多い地域なんだと感じた。

暗い中、適当なところで曲がって西宮方面へ戻ろうと考え、ゆっくり進むと、小さな川と橋が目の前に現れた。
ほんの数mの川に、人がふたり並んで歩くのがやっとの狭い幅で、渡るのに10秒程度の小さな橋だ。
橋のたもとから、「登りが嫌いな俺でもこれぐらいいける」と余裕をかましながら足を回し、緩やかな傾斜を上がっていく。
そして、「そろそろ下りだ」と思った瞬間、暗闇の中に吸い込まれた。

わけもわからないまま、前輪で着地。
怪我はなかったが、びびりまくった。
「エキサイトバイクじゃあるまいし」と思い振り返ると、橋の真ん中から階段になっている。
暗くてわからなかったが、俺は階段に気付かず、そのまま前輪から落ちたようだった。
「余程の理由がない限り、夜に知らない道を走ってはいけない」。
嫌でも痛感した。
そして、もうひとつ。
俺は誓った。
「もうこんな所には、二度と来ない」と。

※この記事は、2019年2月17日、俺が別のブログに投稿した文章を、加筆、修正したものです。

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