(364)向かい風と対峙する。

自然が豊か。
信号が少ない。
素晴らしいサイクリング環境の伊勢を走ったのは、1ヶ月と少し前。
それから西宮に帰り、日常に戻り、大阪や神戸方面へサイクリングすると、「信号だらけで走りにくいよなぁ」。
いつも溜め息が出る。

となると、俺の心の拠り所を走る。
武庫川サイクリングロード。
ただ、先日、絶望的な気分になった。
向かい風が酷すぎて。

いつものことだが、山側からの風、海側からの風を嫌でも感じながら走らなくてはならない。
追い風の強い場合は、背中を立てていればたいしてクランクを回さなくてもそこそこ進んでくれる。
が、向かい風の時は最悪。
必死にクランクを回しても、速度を維持するのに一苦労。
ロードバイクに乗っていて、「全然おもろないよなぁ」、「ただの拷問やな」と感じる瞬間だ。

この日は、特に酷かった。
向かい風が本気で酷かった。
普段なら、クランクを回していても後ろからラチェット音が聞こえ、「誰かが俺を抜かそうとしてるな」と感じられるが、「ゴーゴー」「ヴォー」。
強い向かい風の音が耳から離れない。

「気合いを入れろ!」。
俺の中のアニマル浜口が鼓舞してくれた。
が、率直に「何やねん、この拷問は…」。
苦しさは変わらない。
嫌々クランクを回し続けるしかない。
その中で「俺なりに抵抗しよう」と思う。
少しでも速く、そして負担を減らそう。
「よし」と、ブラケットに添えた手を下ハンへ。
出来るだけ前傾姿勢をとり、正面からの風の抵抗を少なくしようと心掛ける。
フロントギアをインナーに入れ、脚の負担を減らす。
出来るだけのことをしたつもりだ。
が、「ヴォー!!」。
向かい風の勢いは弱まらず、俺の努力など何の役にも立たなかった。

状況が好転することなど一切無く、ただただクランクを回しながら、「少しでもポジティブになりたい」。
祈る気持ちでふと思い出したのが、元プロ選手でありロードレース解説者の栗村修さんの言葉。
確か、「向かい風は、ヒルクライムの練習になるよ」。
何かで目にした気がする。
「ちょうどいい。俺はヒルクライムの練習をしてるんや」と自分に言い聞かせたが…。

苦痛を感じ続ける。
「無理やわ。そもそも、ヒルクライム嫌いやし」。
それでも進まなくてはならない。
帰らなくてはならない。

クロスバイクに乗っていた時期も含めて、俺は10年近く武庫川サイクリングロードを走っている。
当然、「向かい風は当たり前」と心得ている。
しかし、繰り返すが、この日の向かい風は尋常じゃなかった。
痛感する。

「この悲惨な状況を打開するには、どうすればよいか?」。
俺なりに考えた結果、「走らない」という斬新なアイテムが生まれる。
芝生にロードを寝かせ、俺は胡座をかく。
「風が止むか風向きが変わるまで、のんびり景色でも見とこか」。
俺の都合に合わせて自然現象がどうなるわけでもないが、初めてかも知れない。
武庫川サイクリングロードで、脚を回さずのんびり景色を堪能したのは。

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