(70)サイクリングロードの橋脚で壁当てをする。野球と俺。-4

過酷な環境の中をロードバイクで走り、苦しすぎて死にたいと思った。
何度かそんな経験をした。
ただ、目的地にたどり着いたり、山を登りきって、感動に浸った経験も、今まで何度もある。
「できないことができた」。
「今までの俺と今の俺は違う」。
そんな感動が、俺の中でこみ上げてくる瞬間がある。

ロードに乗ることは、俺の仕事ではなく趣味だ。
それはそれで真面目に向き合った結果、できないことができた経験をもたらしてくれる、素晴らしい趣味だ。
この趣味のおかげで、人生勉強をさせてもらっている。
そもそも、人間の成長とは、できないことができた経験の連続で、その過程に「今、俺はいる」と思うと、「俺もまだ捨てたもんじゃないな」と自分を褒めてやりたい。
「できないことができた」
俺の記憶の中で、初めてそれを感じたのが、少年野球。
各学年に9人も選手がいない(実力関係無く、下の学年から選手を引っ張ってこないと試合ができない)、弱くて小さなチームに入って、1カ月後ぐらいのことだった。
日々、ランニングやキャッチボール、外野での守備練習など、なんとなく野球チームに所属しているらしきことをこなしていた俺。
「うまくなりたい」、「試合で活躍したい」といった志など一切無く、チームでできた友達や先輩とコミュニケーションを取りに、とりあえず練習に参加してるだけだった。

その日も、守備練習でレフトを守っていたのだが、ノックなどどうでもよく、「捕れなくて当たり前」と思い、同じポジションの先輩や友達と世間話をしていた。
守っていると、先輩のN君という人が守備についてアドバイスをくれたが、「えらい親切な人やなぁ」と思った程度。
そもそも、当時の俺は、野球がそれほど好きではない。
やる気も志もなく、世間話をしにおばちゃんの寄り合いに集まる程度の意識で練習に参加していただけ。
上達なんてする気もなければ、することもないと自分で決めつけていた。
ところが、コーチが打ってくれたレフトフライに対して、たまたま手を伸ばしたら、グローブにボールが入ってしまった。
同学年で外野フライを取れる選手がいなかったので、コーチも、捕った俺自身も動揺した。
「もう一丁!」と、俺に向かってフライが飛んできた。
今度は、自分の顔から胸に近い位置でしっかり捕球。
「これはマグレじゃない!」とコーチは思ったはずだし、俺も思った。
お互い、妙に浮足立つ。
「もう一丁!」
フライの捕球について、コツを掴んだ俺は、余裕でキャッチした。

辺りが暗くなり、グランドに監督が来た。
鉄工所に努めてるのか何か知らないが、神聖なるグランドに作業着で登場。
このパンチパーマのおっさんは、コーチに比べると厳しいと言うか、怖い。
いかつい。
見た目もしゃべりも本気でおっかない。
コーチが俺の方をちらちら見ながら、監督と何か話しているのを、レフトから見ていた。
おそらく、俺が外野フライを捕球できると伝えたのだろう。

コーチがノックをする。
俺にフライが飛んできた。
監督のプレッシャーを感じすぎて、無理。
俺は注目されるとダメなのだ。

その後、プレッシャーを克服し、上達した俺は、レフトとしてひとつ上の学年の試合に出してもらえることになる。
選手の数が少なすぎたのもあるだろう。

※この記事は、2019年3月1日、俺が別のブログに投稿した文章を、加筆、修正したものです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする