(476)宝山寺にお参りする-ロードバイクに乗ってではない

ビワイチで右手、右胸を負傷し(後から背中も痛くなりました)、ロードバイクに乗れないどころか普段の生活にも支障が出た。
「俺はよっぽど日頃の行いが悪いんやろなぁ」と溜め息を吐いて日々を過ごしたが、「しまった!宝山寺の縁日に行ってない!」。

奈良の生駒にある宝山寺。
知り合いが同業者に「宝山寺にお参りしたら仕事頑張れるよ」とアドバイスされ、俺はそれを又聞きして以来、縁日(毎月1日と16日)のお参りを続けている。
もう5年ほど。
ちなみに、宝山寺は有り難いことに夜でも門を開けてくれているので、仕事の後でもお参りができてとても助かる。
まぁ、職場から電車で片道1時間かかるため、「ちょっと遠いよなぁ」と思わなくもないが、「帰りに難波に寄って焼肉か焼鳥食って帰ろか」。
そう思うようになり、毎日1日と16日が少し楽しみで特別な日になった。

思い返してみると、7月の16日の俺は仕事が休み。
朝から宝山寺にお参りする時間は余裕であった。
境内で草餅を買ったり、甘めのソースがかかったデカいたこ焼きを食ったりして、聖天さん(宝山寺の鎮守神)に近況報告や相談することができたのだ。
が、実際は昼過ぎまで家でゴロゴロし、ビワイチのために守山へ前乗り。
7月1日にお参りした際には「また16日に伺います」と心の中で誓ったくせに、守山のホテルにチェックインした後は京都で友人と焼肉をつつきながら酒を飲んだ。

「あかんわ。何を余裕かましてたんや?俺は…」。
「俺、思いっきり約束を破ったわ」。
深く反省する。
そして、仕事を終えてすぐに宝山寺へ向かった。

40分ほど近鉄電車に揺られ、生駒駅を降りてケーブルカーに乗り換え。
明るい時間帯なら駅も車内にもそこそこ人はいるが、時計を見ると19時40分。
車内は俺と運転士だけ。
なんとなく窓の外に目を向けると、「暗くて景色が見えへんなぁ」。
退屈な気分になる。

ケーブルカーの宝山寺駅には5、6分で着いた。
ここからは歩き…と言うか登り。
旅館と民家に囲まれた長い階段が俺を待ち受ける。
少し温泉街を感じられる風情はあるが、登りはちょっと好きではない(サイクリングにおいても)。
「まぁ、昼間やったら暑いし蜂が飛んでたりするし、今の時間帯で良かったんやわ」。
プラス思考になり足を上げ、一段一段進む。

道の両サイドに灯籠がずらっと続き、やがて鳥居が見える。
右手に駐車場、左手に昼間ならたこ焼きの屋台があるのだが閉まっていた。
鳥居をくぐった後、「お邪魔します」と心の中で呟いて門をくぐる。
薄暗い境内に入ると、お百度を踏む人が目に入った。
「熱心にしてはるなぁ」と思いながら、俺は聖天堂拝殿へ。
「屋根の形が独特や。いつ見ても『個性的やなぁ』思うわ」。
と、感心するのはそこそこにして、賽銭箱に少しのお金を入れ、聖天さんと向き合った。

「すみません。『16日に伺います』と約束したのに来ませんでした」。
「ビワイチの前乗りで守山に行った後、京都で焼肉食いながら酒を飲んでました」。
「17日は、雨に濡れた路面で滑り自爆。右手、右肩、背中を負傷し、今の自分はボロボロです」。
「それでですね、聖天さんにええ加減な約束をした自分に問題があったのではないかと考え、本日伺った次第です」。
その後、5分ほど手を合わせて家路に就いた。
「ちゃんと事情を説明したし謝ったし。ちょっと清々しい気分」とか思いながら。

翌朝、起床しようと右手と右肩を庇いながら立ち上がったところ、「痛っ!」。
足が痛い。
「宝山寺にお参りした時、長い階段登ったな…」。
「普段、使えへん筋肉を使ったんやわ…」。
「筋肉痛になってもうた…」。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする