(577)ロードバイクに乗らず、電車で墓参り-3

「あかんわ。明日、筋肉痛になるわ…」。
雑巾で墓石を拭きながら、俺はそう確信した。
普段使っていない、腕の筋肉を酷使している。
また、墓石の裏は2mほどの崖。
崖から落ちないように注意しつつ作業していると、自然と足に力が入る。
「あかんわ。明日、間違いなく筋肉痛や…。足もくるで」。
墓石を拭き、バケツの水に雑巾を浸けては絞り、また拭いては雑巾を絞り…を繰り返していると、水があまりに冷たく、指先の感覚が無くなってきた。
「あかんわ。手に力が入れへんわ」。
弱音を吐きながら作業する自分を客観的に見て、「最悪のシチュエーションやな」と思う。
が、真夏の墓参りを思い出す。
「あの時は、墓石の周りにスズメバチが飛んでて、生きた心地せえへんかったよな」。
「今日はスズメバチがおらん分、まだマシや」。
「うん」。
黙って作業を続行。

墓石に線香をあげ、祖父への焼酎(小さなペットボトル)と、祖母への缶コーヒー、叔父へのカルピスウォーターを供える。
まぁ、全て俺の趣味。
帰ってから俺が頂く。
墓石を見詰めながら手を合わる…のタイミングで「何か寂しいと言うか、物足りひんよな」。
「あ、忘れたわ。墓花、買って来るん忘れてたわ」。
まぁ、それはいい。
今さら気付いても遅いのだ。
気にしない気にしない。
俺は開き直り、手を合わせる。
「こんにちは、ご先祖様。花は忘れてしまいましたが、何も問題はありません」。
「年内に身内の誰かが来るはずです」。
「その人は、俺とは違い気の利いた人で、必ずや花を供えてくれることでしょう」。

墓前に一礼。
墓地の坂をとぼとぼと下り、26号線を歩いて駅に引き返す。
「もう4時過ぎかぁ」。
3時間ほど前にカキフライを食ったのに、また腹が減ってきた。
「この辺で飯食うってなると、駅前の王将かぁ」。
遠出した先でチェーン店に入るのは、少し抵抗を感じる。
「どうせ難波で乗り換えるんやから、難波の安い焼肉屋でも寄って帰ろ」。
とぼとぼ、とぼとぼ。

納得はいかないが、また千円札を券売機の投入口に入れ、改札をくぐる。
「あー、帰りも難波まで電車に乗らなあかんなぁ。1時間近く」。
念のために、俺はトイレへ向かった。
と、前から知らないおばちゃん。
トイレの前ですれ違う際、軽く会釈して道を譲り、俺はトイレへ。
用を済ませ、ベンチに座って「10分から15分は電車を待たなあかんのかなぁ」
そう思いながら、スマートフォンアプリ「乗り換えナビ」を確認。
「やっぱり待たなあかんなぁ」。
「この駅、止まる電車より通過する電車の方が多いんちゃうか?」。
無意識のうちに、口から文句が出る。

それにしても退屈だ…というわけで、引き続きスマホをいじっていると、「お兄ちゃん」。
「誰や!?」。
顔を上げる。
すると、トイレの前ですれ違った知らないおばちゃんだった。
正直、俺は不安を抱く。
「嫌な予感しかしない…」。
同じようなシチュエーションが高校時代にもあった。
地下鉄を待つためベンチに座っていると、「お兄ちゃん」。
「何や?」と思い顔を上げると、知らないおばちゃん。
動揺していると、「お兄ちゃん、祈らせて」。
おばちゃんは、俺に手を合わせ念仏を唱え始めた。
「あれは怖かった。どう反応したらええんかわからんかった」。
「で、また宗教系のおばちゃんか?」。

身構える俺。
だが、意外にも「これ飲んで」。
笑顔のおばちゃんから、ホットのジュースを手渡される。
柚子レモンなんとかいうやつ。
ジュースを軽く掴み、「どういうこと?」。
俺はそんな顔を俺はしていたのだろう。
「うふ。おばちゃんな、兄ちゃんぐらいの孫がおるねん」。
「はぁ」。
「それ、美味しいよ」。
「あ、有り難うございます」。
反射的に頭を下げる。
と、おばちゃんは笑顔でホームの隅へ歩いて行った。

キャップをひねると新品らしい手応え。
「うん、大丈夫そうやな」。
おばちゃんが善意の塊であることを確認。
そして、口に含み「意外と美味いやんけ」。
俺は今まで「ホットのジュースはゲテモノ」と思っていたので、ちょっとした感動を覚えた。

「そっれにしても、おばちゃんに悪いことをしたなぁ」。
「正直に言った方が良かったんかなぁ」。
自己嫌悪に陥ってしまう。
と言うのも、おばちゃんの年齢はおそらく70前。
お孫さんは20代だろう。
で、「兄ちゃんぐらいの孫がおるねん」と言われた俺は、40過ぎ。
余裕でおっさん。
「どう考えても、おばちゃんの孫って言うよりも息子世代やで」と思う。
きっと、マスクをしている俺の顔を見て、何歳ぐらいか把握できなかったのだ。
「このジュース、返した方がええかな(既に少し飲んでるけど)」。
「でも、正直に話した方が人を傷付ける…ってこともあるよな」。
「ただ、このままやと、俺が騙したみたいになるよな(俺は何もしてへんけど)」。
「じゃあ、正直に言おうや。おばちゃんを追い掛けて、『私は40過ぎのおっさんです』って」。
「いやいや、そのままにしておいた方がいいこともあるよ」。
俺の中で「本当に正しい行動とは何か?」を考えていると、難波行きの普通電車が目の前に止まった。

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