(131)鳴門と俺。四国の片隅を走り、思い出したこと。-6

ロードバイクでうろついた教会前駅。

小学校6年生の俺は、駅前に止められたおっさんの車に乗り、親戚の家に向かう。
その家には、ぼんやりとした記憶が残っている。
田舎だからか、けっこう大きな一戸建てで、やや金持ちそうに見えた。

応接間のソファーに座り、父はビールを飲みながら、親戚と何か話していた。
子供の俺には、興味が微塵もわかない話だろう。
退屈しのぎで、テレビにふと目をやると、東京ドームでの巨人阪神戦が中継されていた。
俺は、親戚とは一切会話を交わさず、野球中継にのめり込む。

僅差で阪神がリードする9回裏。
巨人はランナーを溜め、阪神ピンチの場面。
セカンド後方にとんだ打球を、岡田がナイスキャッチ。
そして、タッチアップでホームに突入するランナーを刺した。
「勝った…。耐えた…」と勝利の余韻に浸っていると、親戚のおっさんも大喜び。
「徳島も阪神ファンが多い土地柄なんかな?」と俺は思った。

その時、「お兄ちゃん、一緒にしよう」と、ファミコンの本体を持った小学校低学年ぐらいの子に声をかけられた。
おそらく、血はつながっているのだろうが、初対面の少年。
「家の人に言われたので、仕方なしに誘ってみました」感はややあったが、心遣いも感じた。
「阪神が勝ったんや!俺は今、勝利の余韻に浸ってるとこなんや!すっこんでろ!」と言うわけにもいかず、少年に誘導され、子供部屋に入る。

「すごいねぇ」、「すごいねぇ」。
夢工場ドキドキパニックをプレーする少年を、その母親が激励している。
俺は、座ったまま画面を見つめていた、
1時間ほど経過したと思うが、俺は一度もコントローラーを握らせてもらえない。
一緒にファミコンをしている気分にはなれない。
微塵も。

「そろそろ帰るぞ」と父親が言いに来た。
「助かった。めっちゃ帰りたかった…」。
帰りは、車で徳島駅まで送ってもらった。

フェリーの中で、俺は、輪ゴムでとめたビックリマンシールをポケットから取り出し、そのキラキラした様子を見て、心を満たした。
今思うと、「なんでこんなもんを携帯してるねん?」である。

ビックリマンに心を揺さぶられた俺も、鏡を見て「あ、白髪や」と、自分の老いを実感し、心を痛める年齢になった。
ただ、体はそこそこ動くので、ロードに乗って鳴門を走ることができる。
この日、走ったのは、鳴門スカイライン~ドイツ村公園。
走行距離としては、大したことが無いし、消費カロリーもしょぼいが、自分のルーツや思い出に触れた、意味のある鳴門ライドだったと思う。
この経験も、ロードに乗る魅力のひとつになった。

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