(764)最高の一杯と、揺れる俺の心-前編-

「この前ねぇ、『桐麺』に行ったんですよ」と、ラーメン友達のNさん(50代 男性)。
「あぁ、あそこ、ごっつい美味いらしいですねぇ。自分は食ったこと無いですけど、噂は聞いてますわぁ」。
おっさんふたり、飲み屋でラーメン話。

「どうでした?実際、めっちゃ美味かったですか?」。
「美味かったですよ!次、一緒に行きましょう!行ける日を調整して誘いますわ!」。
誘ってもらえるのは嬉しい。
「楽しみにしています」。
口ではそう言った。
が、気持ちとしては「誘わんでええで」。

今の俺は以前の俺とは違う。
美味いラーメン屋を訪れて、マイリストを増やすことに価値を感じていた、以前の俺とは違う。
違うのだ。
今は、単純に時間が勿体無いと感じる。
たまたま何かの用事で名店がある町を訪れ、たまたま名店の前を横切り、たまたま「あんまり並んでへんな」というタイミングがあれば入店する。
正直、そんな感じでいいと思う。

しかし…だ。
Nさんに打ち明けられない。
「今度、誘いますわ」と言われ、「もうね、食ってる時間なんて10分程度やのにね、店の前で並ぶ時間と移動時間で1時間半とか2時間とか見積もらなあかんでしょ?俺、もう、いいですわ。疲れるし時間が勿体無いです」などと返せない。
ラーメンのためなら喜んで時間を犠牲にするマニアを演じ続けなければ、彼を傷付けてしまう。

数日後、Nさんからメールが入った。
「桐麺の件ですが…」と。
「なになに?」。
メールを読み進める。
「××日に行きましょう。開店は11時なので、移動に30分、並ぶのに30分…ということで、10時。10時にkrmさんの家に車で迎えに行きますので」。
頭を抱える。
「勘弁してくれよ。仕事でもないのに朝から動くん、疲れるねん…」。
「そこまでしてなぁ、『ラーメン食いたい』と思えへんねん。今の俺は…」。
うんざりしながらも、「分かりました!楽しみにしています!」と返事する俺。

当日、朝の10時、ラーメンを食う気分ではないが、予定通りNさんの車で桐麺へと向かう。
「ほんま、行って並んで、食うまでがかったるいねんなぁ…」。
「まぁ、桐麺は人気ある店やから、食ってから『来て良かった!』って思うんやろけど、食うまでが辛いわ…」。
窓の外を眺めながら、俺は心の中で文句を言った。

近くの駐車場に車を停め、「さぁ、行きましょう」。
前を歩くNさんに付いて行くと、すぐに桐麺が見えた。
「並んでる人は、1…2…、2人だけか」。
「1順目で食えるなぁ」。
「さっと食って、さっと帰ろう」。

この後、最高のラーメンが俺を待っていてくれた。
が…。

つづく

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