(853)ツ・キ・ミ・ブ・タ・キ・ム・チ・ド・ン

ある休日の話。
朝から、部屋でゴロゴロする俺。
「このまま1日を潰すのはもったいないよなぁ」
そう思い、ジャージに着替えて近所のサイクリングロードへ向かった。

強い向かい風に苦労しつつ、クランクを回す。
回し続ける。
が、心ここにあらず。
どうも気になる。
仕事のことで、気になることがある。
担当している作業において、現時点で何かのトラブルを抱えているわけではない。
また、この先も特に問題無くスケジュールを消化し、納期を迎える…と思う。
が、ほんの些細なことだ。
気になる。
どうも気になる。

「今日は休みやけど、帰り、事務所に寄ろかぁ」
「うん、そうしょうかぁ」
誰にも頼まれていないのに、休日出勤を検討。
まぁ、深夜まで徹底的に仕事と向き合うつもりなどない。
飽くまでも、休日。
そう、休日。
1時間か2時間ほど作業し、不安を解消した後、飲みにでも行こう。

事務所に向け、見慣れた町並みを眺めながら脚を回す。
と、ちょうど昼時。
腹が減ってきた。
「途中で弁当屋に寄って行こかぁ」

弁当屋に入り、レジの前へ進む。
カウンターに張られたメニューには目もくれず、「『すき焼き丼』をお願いします」。
男性店員(おじいちゃん)にそう伝えた。
が、「すき焼き丼は終わりました」と。
俺は「嘘やろ?」と思い、反射的にメニューを確認したところ、確かに「終売」シールが。

なら、どうすればいい?
俺は何を注文すればいい?
考える。
が、「昼飯ごときで頭を使うのもアホらしい」とも思う。

メニューに張られた終売シール。
その隣には、「月見豚キムチ丼」。
考えるのが面倒くさいため、「これでええか」と思ったが、ちょっと待て。
早まるな。
早まるな、俺。

俺は辛いものが得意ではない。
まぁ、キムチは好きだが、ほどよい辛さと旨味のあるキムチに限る。
そこで…だ。
もしも…だ。
月見豚キムチ丼のキムチが辛すぎた場合、俺は金をドブに捨てることとなる。
それは避けたい。
しかし…だ。
助け船があるではないか。
「月見」があるではないか。
仮に激辛のキムチであったとしても、月見が、卵が、マイルドにしてくれるはず。

「じゃあ、月見豚キムチ丼をお願いします」
男性店員に伝えると、「は~い、豚キムチね~」。
彼はそう言って、厨房に入った。
実は、この時点で「ちょっとヤバいかなぁ…」と思ったが、まぁいい。
話を進める。

スマートフォンをいじり、月見豚キムチ丼を待っている間、店内では注文の電話が鳴り響いた。
ふと、厨房に目を向ける。
ちょこちょこと作業しては電話に出て、作業しては電話に出て…と、忙しそうな男性店員。
「1人で店を回してるんか?大変やなぁ」

しばらくして、客が入ってきた。
続々と。
見た感じ、近所で現場仕事をしている兄ちゃん、おっちゃんか。
「チキン南蛮弁当、ご飯大盛りで」
「カツカレー」
「カツ丼!」
「ハンバーグ弁当をひとつ」
「のり弁!」
男性店員は、「はい、分かりました」。
更に忙しそうに。
俺は「気の毒やなぁ」と思いつつ、スマホの画面に表示されたニュースに目を移す。

いちいち時間を計っていないため、正確な時間は分からない。
が、「まだか?」。
感覚では、10分以上待っているような。
イライラ…、イライラ…。
男性店員が忙しいのは分かるが、イライラ…、イライラ…。

と、「豚キムチ、お待たせしました~」
厨房から出てきた男性店員。
レジをはさんで向き合う。
「え~、お会計は~」
彼の声を聞きながら、バックポケットから財布を取り出した時、「?」。
レジの横に置かれた弁当が気になった。
「え?」

おかしい。
俺は月見豚キムチ丼を注文したが、これは丼の容器ではない。
弁当の容器だ。
「え?えぇ?注文したのは月見豚キムチ丼やのに、これ、弁当じゃ…?」
思わず声が出た。
と、男性店員が「あの、豚キムチ弁当じゃないんですか?」。
まぁ、分からなくもない。
豚キムチ丼と豚キムチ弁当は間違える可能性がある。
ただ、「だったら『月見』はどこに行ったんじゃ!?」と言いたい。

落ち着け。
おそらく、男性店員は月見豚キムチ丼を注文され、「豚キムチ弁当を注文された」と勝手に思い込んだ。
仕事において、たまにある。
分かる。
本当に、思い込みは禁物ですね。

いや、そんなことはどうでもいい。
今、俺がすべきことは何か?
この受け入れがたい状況と向き合い、正しい判断を下すこと。
そうだ。
きっと、答えがあるはず。
俺なら、答えを手繰り寄せることができるはず。

まず、目の前に置かれた豚キムチ弁当を見て考える。
これは、俺が注文したものではない。
そうだ。
注文していない。
そんな注文していないものに、金を払うのはアホらしい。
アホらしすぎる。
ただ、「こんなもん、いらんわ」と捨て台詞を吐いて店を出た場合、俺の時間が無駄になる。
月見豚キムチ丼を待った10分(体感)が無駄になる。
10分(体感)も待って、手ぶらで帰るのは嫌だ。
それに…だ。
間違って作られた豚キムチ弁当が、この後、廃棄された場合、申し訳ない気分になる。
豚にもキムチにも。
本当に申し訳ない。
が、かと言って、注文していないものを買う気にもなれない。

どうすればいい?
作り直してもらうべきか。
男性店員に言うべきか。
「月見豚キムチ丼を作り直してもらえますか?」と。
いや、それはまずい。
どうも信用できない。
男性店員が信用できない。
次に、「お待たせしました~。豚キムチ弁当DXです~」。
やりかねない。

いや、信じよう。
信じるしかない。
「ツ・キ・ミ・ブ・タ・キ・ム・チ・ド・ンを作り直してもらえますか?」
「ツ・キ・ミですよ」
「ベ・ン・ト・ウじゃないですよ」
「ド・ンですよ」
「ツ・キ・ミ・ブ・タ・キ・ム・チ・ド・ンですよ」
必死になって、月見であること、丼であることを強調すれば、認識してもらえるだろう。
よし、作り直してもらおう。

待て。
ちょっと待て。
早まるな。
まだ考える余地はある。
もしも…だ。
作り直しをお願いした場合、更に待ち時間が増加する。
たかが丼一杯で、待ち続けるのがアホらしい。
それに、男性店員が最優先に作り直すかどうかは分からない。
電話で受けた注文、店に来た客から受けた注文。
今、彼はひとりで混乱状態にある。
仮に、最優先で作り直してもらっても、後のお客の待ち時間に影響が及ぶ。
何か申し訳ない。

「はぁ…」
結局、俺が涙を飲むしかない。
「いいですよ、それで」
大人の対応だ。
頼んでもいない豚キムチ弁当の代金を払い、俺は事務所へ向かった。

「かっら…」
パソコンの前で苦虫を噛む。
「あぁ…、月見が欲しかったよなぁ」
「卵があるかないかで、えらい違いやで…」
「辛いわぁ…」

気になっていた作業を終え、ロードバイクに乗って家へと帰る。
「あぁ…」
クランクを回しながら、唾を吐きそうになった。
どうも、口の中に残る辛味が不快で不快で仕方無い。
俺は判断を誤ったのか。

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