(978)ロードバイクには乗らず、友ヶ島を歩く~ラピュタは知らないが、とにかく第5砲台跡へ~

第5砲台跡に着いた。
まずは、解説看板に目を通す。

「紀州藩は幕末から、紀淡海峡を北上して大阪湾に進入する外国船を監視する目的で、友ヶ島に『友ヶ島奉行』を設置していました。」
なるほど。
外国船に大阪を火の海にされては困る。
また、少し先には都。
これも困る。
対策が必要だ。

「明治になり、国土防衛の重要性が増すなか、1889年、陸軍は淡路島の由良から友ヶ島を経て、加太に至る紀淡海峡地区に砲台郡の建設を計画、淡路島の由良地区に11か所、友ヶ島地区に6か所、加太地区に8か所の砲台を設置し、これらを『由良要塞』と称しました。」
なるほど。
以前、釣り好きのNさん(50代 男性)と由良を訪れた際、周辺の観光スポットのひとつに、砲台跡があった(気がする)。
ちなみに、大阪湾への侵入ルートとなる淡路島と加太、淡路島と明石、それぞれの海峡は、真鯛がよく釣れるらしい。
Nさんから聞いた。

「このようにして設置された友ヶ島の6か所の砲台のうち、第1~第5砲台までがここ、沖ノ島にあり、第1・2・5砲台は島の西端に設けられ、海峡にさしかかった船舶を待ち伏せ、真横から砲撃することを目的とし、また、第3・4砲台は360°の視界を持つ山頂付近にあり、長時間の砲撃が可能になっていました。」
一応、この記事を読むあなたに解説しておきたい。
↑に「沖ノ島」というワードが出たため、「友ヶ島?沖ノ島?ややこしいわ」と、あなたは混乱状態に陥っているかも知れないので、解説しておきたい(まぁ、こんな不人気ブログ、真面目に読んでへんやろけど)。
友ヶ島は、沖ノ島、地ノ島、虎島、神島という、4つの島で構成されている。
言い方を変えると、その4つの島の総称が友ヶ島。
なので、この時の俺は、正確に言うと沖ノ島にいるわけだ。
と、親切に解説したつもりだが、「余計にややこしなったんちゃうか?」。
今、そんな気がした。

「いずれの砲台も設置されたものの使用されることなく終戦をむかえました。当時の第5砲台は、スナイドル・カネー方式12㎝速射カノン砲を6門編成で設置されており、第1・第3・第4砲台の死角となる北側の防衛を目的とした役割を担っていました。現在の第5砲台跡は全体として砲台の原型をよく留めており、明治期の国防の姿を今に伝えています。」
では、伝えてもらいましょう…と、視線を左へ。

「おぉ…」
煉瓦造りの建物に自然が溶け込んでいる。
「これかぁ」
「こういうことかぁ」
今回、観光前に、友ヶ島についてネットで調べると、「ラピュタの世界観を味わえる!」。
そんな記述をよく目にした。
「そういうことかぁ」
「おぉ…」
ちなみに、俺は「天空の城ラピュタ」を鑑賞したことが無い。
子供の頃、テレビで観ようとしたが、何かの都合で最初の10分が観れず、「もうええか」となった。

弾薬庫だろうか?
入口から中を覗き、足を踏み入れる。
奥行きの無い部屋。
「和田 修」を筆頭に、いくつかの落書きが目に入った。

外に出て、辺りをうろうろする。
「どっか行けよ…」
俺を中心に飛び回るハチ(アブか?)が鬱陶しい。
「あ、人がおる」
1組の家族に、現場仕事の格好をしたおっちゃん2人。
お化けの存在を信じる俺にとって、退廃的な風景の中、他に誰かいることは、随分と心強く思えた。

つづく

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