(243)なんとなく、新西宮ヨットハーバーに向かって走る。

西宮市でひとり暮らしを始めてから、15年ほど経つ。
引っ越す前の俺は、20代後半。
当時、終電まで残業当たり前、休日出勤当たり前の悲惨な環境の中で苦しんでいた。
ただ、金を使う暇が無いおかげで、貯金だけは順調に増える。
「よし、ここらで、ぱーっと使ったろうか」。
そう思い、何に金をつぎ込むか考えてみたものの、普段、金を使う機会が少ないせいで、欲しい物が思いつかない。
困った。

「そや、家を出よう。ひとり暮らしを始めよう。金はあるやん」。
梅田発姫路行きの阪神電車の中で、ふと思い付いた。
当時の俺は、毎日、ドロドロになるまで働いていたが、日曜日だけは、まだまともに休みが取れる方だった。
そして、日曜になるたびに、「家で徹底的に寝たい」と願うわけだが、そうもいかない。
家にいると具合が悪いのだ。
俺は父親と仲が悪い。
なるべく顔を合わせたくない。
仕方なく、俺は用事が無くても家を出て、なるべく長い距離を走る電車に乗り、電車の中でぐっすりと眠ることで、疲れを癒していた。
何往復もしながら、特に興味も無い、車窓からの景色を眺め、「あぁ、こんなん、いつまで続けなあかんのやろ…」。
「ゆっくりしたい…。どうしたら、ゆっくりできるやろ」。
よく、そんなことを考えていた。

ひとり暮らしを決意してから、「どこに住もか?」と悩んだり考えたりする必要も無く、西宮市の不動産屋に足を向けた。
「いつか、甲子園がある西宮市に住む」と、昔から俺の中で決まっていたのだ。
阪神ファンなので。
不動産屋からは、その気になれば甲子園球場まで歩いて行ける距離で、家賃も安くそこそこ広いワンルームマンションを紹介される。
即決だった。

ひとり暮らしを始めた頃は、阪神が優勝に絡む強かった時期で、仕事を終えて家に帰り、布団にくるまっていると、夜中だというのに、応援歌を合唱しながら近所を練り歩く阪神ファンの集団がちょくちょくいた。
その時は、うるさく感じものだが、最近は静かになり、少し寂しく思う。
阪神がもっと頑張ってくれると、周辺も盛り上がるのに。

甲子園球場へ歩いて行ける町に住んだのはいいが、仕事が忙しく、近いのに行けない日々が続いた。
今では、以前よりも時間に余裕が持てる生活になったが、だからと言って、頻繁に甲子園球場へ足を運ぶわけでもない。
「近いからこそ、いつでも行けるわぁ」という心境になるのだ。
そう言えば、過去に何人か、京都生まれ、京都育ちの京都人と知り合ったことがある。
勝手なイメージとしては、「京都に住んでるんやから、京都のお寺は制覇してるんやろな」なのだが、意外と京都の観光地について、あまり知らない、行かない人も多い。
俺と同じく、彼らにも「いつでも行けるわぁ」という感覚があるのかも知れない。

スポーツタイプの自転車に興味を持ち、クロスバイクやロードバイクに乗り出してからも、西宮市内をポタリングすることは、ほとんど無い(サイクリングロード以外で)。
「近くなんか、いつでも行けるわぁ」という意識があるのだろう。
ただ、唯一、のんびりとうまい物を食うために走って行ったのが、新西宮ヨットハーバー。
その近くに、知り合いの知り合いが弁当屋を経営していて、「カレーがめちゃめちゃうまい」という噂を耳にした。
なんでも(俺は食ったこと無いが)、かつて西宮で支持されていた「サンボア」というカレー屋(今は無い)のうまいカレーを再現したとのこと。
「興味あるわぁ。行くしかない」。
ロードに乗って、お店に向かうと、弁当屋でありながらも、イートインスペースがある。
カレーを注文して、さっそく食べてみたところ、「見た目、ただのカツカレーか?え…、うまい?」となった。
「ロードで飛ばしたら、すぐや!週2ペースで食いに行こう!」。
素直にそう思ったが、それ以来行っていない。

やることが無い。
約束も無い。
ただ家で寝転がっているだけの今朝。
自分に渇を入れ、5㎞程度のジョギングに出たが、帰ってから、また寝転がる。
だらだらしているうちに、夕方近くになった。
ぼけっと天井を見ながら、「飯、何を食おかぁ」と考えていると、なんとなくカレーとなり、なんとなく「久々にヨットハーバーの店行こかぁ」となり、サイクルジャージに着替える俺。

家を出て5分ほど走ると、たまに行く料理屋の前でマスターを見掛けた。
手を振ると、「お疲れっす」、「お疲れっす」。
挨拶を交わす。
「この町で、俺もなかなか顔が広くなってきたなぁ」。
ちょっとにやけながら、しばらくクランクを回し、西宮大橋に着いた。
「この程度の坂なら、余裕やろ」と思いながら、アウタートップで登りきる。
が、実は、途中から脚が痛くなった。

「これ、1隻なんぼなんやろ?」。
ヨットハーバーに係留されている、たくさんのヨットを見ながら、俺は頭の中で算盤をはじいたが、答えは出なかった。
カップルや、犬の散歩をしている人達とすれ違いながら、ロードを押して歩く。
なんとなく景色を見ていると、徐々に薄暗くなってきた。

「腹も減ってきたし、お待ちかねのカレーを食って帰ろうか」。
記憶を頼りに、弁当屋に向かった。
が、店は無い。
「マジ!?」と、小さく叫んでしまった。
移転したのか潰れたのかはわからないが、現実として無い。
辺りを見回し、もう一度記憶を呼び起こしたが、無い物は無い。

一気に疲れた。
家に帰って、焼きそばの一平ちゃんでも食って、この記事をアップしてから、俺は寝る。
もう、俺は不貞腐れた。

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