(248)西村憲投手はもういない。が、鳴尾浜球場に向かって走る。

阪神タイガースの2軍の本拠地である鳴尾浜球場。
その脇には、若手選手の寮もある。
若い頃からの阪神ファンである俺は、その球場の存在は知っていた。
が、野球観戦をしたことは無い。
仕事でバタバタしている毎日の中、1軍の試合さえなかなか観れないのに、2軍の試合を観る余裕は、さすがに無かった。
ただ、ここ数年、ある程度時間に融通が利くようになり、結果を確認するだけの阪神ファンから、球場にはなかなか行けないが、飲み屋のテレビで観戦するファンには昇格できた(と思う)。

いつもちょくちょく行く近所の蕎麦屋は、甲子園球場が近いからか、昔から阪神の選手が顔を出していたそうだ。
ただ、俺が通うようになってからは、選手が訪れる機会も随分と少なくなったようだが、一度、運良く、選手の隣に座って蕎麦を食ったことがある(俺は酒も飲んでいた)。
背が高く、顔が整っていて、大人しそうな雰囲気で蕎麦をすするその人は、西村憲さん。
当時、阪神タイガースの投手で背番号43。
阪神に入団してから、中継ぎで活躍した。
この西村投手と、同じ中継ぎの渡辺投手は、チームが勝っていても負けていても毎日投げていた印象がある。
中継ぎでの連投が疲労となり、そして蓄積したせいなのかはわからないが、西村投手は故障してしまい、1軍で満足に投げられなくなった。
そんな時に、俺はたまたま横に座ることができたのだ。
蕎麦屋のおっちゃん、おばちゃんの配慮で、西村投手にサインを貰うこともでき感激した。
サインを書き終え、色紙を俺に渡す西村投手から、「僕なんかでよかったら、いつでもどうぞ」、「ありがとうございます」と、少しの会話を交わした思い出もある。
その後、西村投手は、阪神を退団され、もう一度プロ野球界に復帰しようと、独立リーグで頑張って好成績を挙げたが、夢は叶わなかったようだ。
つい先日、「今はどうしてはるんやろ?」と気になり、ネットで調べたところ、社会人チームの投手兼コーチ。
今も野球に携わっているということで、俺は少し嬉しくなった。

西村投手との、ほんの少しの出会いで、俺は「近いうちに鳴尾浜球場にも野球観戦しに行こう」と思ったのだが、実際は、なかなか足が向かわなかった。
と言うのも、しばらくして西村投手が阪神を退団されたこと。
また、噂によると、鳴尾浜球場では、飲酒しながらの観戦が禁止されてるとのことで、いまひとつ盛り上がってこない(俺の中で)。

そして、数年後が経ち…、と言うか、今日。
「仕事無いし、軽くサイクリングしよかぁ」と思い、ジャージに着替えたが、夕方前から雨の予報なので、あまり遠くまで走れない。
うだうだと行き先を考えていると、「鳴尾浜球場やったら、俺が住む同じ西宮市やし、さっと行けるやろう」。
決めた。

団地に囲まれた道を突き抜け、工場とスポーツ施設に囲まれた、殺風景なのか緑豊かなのかわからない景色の中、俺はクランクを回した。
天気は悪い。
今にも雨が降りそうだ。

ロードバイクを押しながら、球場沿いの道を歩く。
球場からは、活気が感じられない。
一切。
大半の選手が、宮崎でのフェニックス・リーグに参加しているのはわかっていたが、それにしても寂しい。

寮の前まで来る。
「本日は練習休み」との看板を目にした時、雨が降ってきた。
俺は、迷わずサドルに股がり、家に帰る。

普通、記事には、「こうこうこういうことが印象に残った」と記すべきなのだろうが、すみません。
今日のサイクリングには、そういうの、ありませんでした。

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