(173)広島旅行3日目。灰ヶ峰を眺め、呉と別れる。

呉港の景色を満喫する時間は短かった。
同行者のMさんが待つ、呉駅の北側にある広場で、ふたり落ち合う。
ベンチに座り、昨日今日のことをお互いに話しながら、俺はビンディングシューズとソックスを脱ぎ、サンダルに履き替えた。
すぅすぅして気持ちいい。
ここから家がある西宮市まで車だ。
ロードバイクに乗らない俺には、シューズもソックスも必要無い。

近くの駐車場に止めたMさんに車にロードを積み、「さぁ、西宮市に帰ろう」と発進したと思いきや、帰路にはつかない。
昭和25年生まれのMさん。
彼が生まれ育った家の辺りを回ってみることになった。
大通りや商店街からも近く、駅まで徒歩15~20分ぐらいの所に、Mさんが幼少の頃に過ごした家の跡地はあった。
今は、3階建てくらいの小さなマンション。
昔、Mさんの家は、ここで貸本屋をしていたそうた。
「貸本屋」という時点で、時代が違いすぎて、俺にはついていけない。
Mさんの幼なじみの女の子の家も近くにあり、その前を通ったが、ほぼ廃墟。
人が住んでいる雰囲気は、微塵も無かった。

本通りに出る。
正面に灰ヶ峰を仰ぎ、北に進む。
「『この世界の片隅に』でな、あの家族が住んでた家は、灰ヶ峰の中腹、あの辺りやで」。
「遊郭は、左手の方やな」。
と、この世界の片隅にネタを放り込んでくるMさん。
昔からある仏壇屋や酒屋の話もしていたと思う。

「ようやく帰路につくな」と思い、Mさんの運転に身を任せる。
1日目、俺も走ったトンネル。
呉の街から東に抜けるトンネルに近付いた。
てっきり、そこに入るものだと思っていると、さらに北側の迂回路にMさんは進路を取った。
「なんで遠回りするんやろ?」と思っていると、Mさんが口を開いた。
「子供の時になぁ、呉の町の中で住んでたけど、1年だけ、ちょっとはずれた阿賀っていう所に住んでたんや」。
「今から、そこを通る」。
「はよ帰ろうや!」と、Mさんを殴り倒したい気持ちにもなったが、ガソリン代、高速代を負担してもらっている。
また、Mさんは70歳になり、いつまでも元気ではないと自覚があり、「車で呉に帰るのは、これが最後」と決めているそうだ。
「最後ぐらい、好きに走ったらええわ」と、俺は拳を引っ込めた。

Mさんは、懐かしくて感情が抑えられないのだろう。
「子供の頃、この浅い川を走ってなぁ」等と、昔の思い出をすらすらと語る。
そして、「はっ!」と気付いたように、「ごめんな。しょうもない話をして」と、俺に言った。
「いえいえ、とても楽しい話をうかがいました。興味深いです。人生勉強になりました」と、嫌みを含めて俺は答える。
「またまたぁ」と、口ではそう言いながらも、Mさんは不愉快な気持ちになっただろう。
やっと帰路につく。

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