(185)高2の夏、大阪の街を走り回った。~0の誘い~

17歳、高校2年生の夏。
期末テストが終わり、間もなく夏休みが始まろうとしていた。
学習意欲0ではあるが、なんとなく学校に行き、なんとなく教室にいる俺。
名前を呼ばれ、テストが返され、ちょっとした教師の話を聞く。
それを科目の数だけ繰り返し、「さっさと家に帰ろう」と、机の中の物を鞄に詰め込んでいた時、クラスメートのOが声を掛けてきた。
「夏休み、一緒にバイトせえへん?」と。

40人ほどの男が軟禁された、暑苦しい教室。
俺には、学校が終わってからも一緒に遊びに行く5人ほどの友達と、そこまでベタベタした付き合いではないが、教室の中では楽しく世間話をする、また別の5人ほどの友達がいた。
声を掛けてきたOは、どちらでもない。
たまに話はするが、特に仲が良いわけでもない。
俺には未だにわからないのだが、そのOが、何故かバイトに誘ってきた。

「まぁ、どうせ俺は暇やけど、どんなバイトなん?」。仕事内容や勤務地を確認する。
某百貨店のお中元を、自転車で配達するバイト。
勤務地は、大阪市中央区。
日本橋駅から徒歩で行ける距離。
「詳しい地図を書いてくれ」とOに頼むと、Oの顔が曇った。
「まぁ、とりあえず面接に行かなあかんな」と、バイト先となる会社の電話番号をOに教えてもらい、電話をかけてみる。
会社の詳細な場所や面接時間を聞き、次の日、学校が終わってから面接に向かった。

地下鉄日本橋の駅から地上に上がると、雨が降っていた。
日本橋と言えば電気街だが、電気街以外の方向に歩くのは、この日が初めてだったのかも知れない。
国立文楽劇場の前を通り過ぎ、日本橋駅と谷町九丁目駅の中間辺りにある道を左に入り、しばらく歩くと、そこそこ大きいが、トタン板で囲まれたボロボロの工場のような建物が見えた。
「なんじゃこれ?」と思った。
面接する会社だった。

細身で長髪、眼鏡をかけてスーツを着たおっさん(当時の俺には、おっさんに見えたが、今の俺より若い)と、向き合う。
おっさんは、俺が提出した履歴書に目を通し、「野球してんの?野球部?ええやん」と口にした。
確かに、俺は「趣味」の欄に「野球」と書いたが、観る専門である。
そもそも、その時の俺はパーマをかけていた(中学の校則が坊主頭だったので、その反動)。
「パーマをかけた高校球児なんて、どこの世界におんねん?」と思いながらも、高校球児として野球に対する情熱を、俺は適当に語った。
「合格」。

中元の配達。
一応、肉体労働なので、体育会系のバイトは大歓迎。
そんなノリだったのではないかと思う。
あっさり採用された。
まぁ、実は、俺、体育会系では無いんですけどね。
がさつな人、大嫌い。

「とりあえずなぁ、研修や。次の日曜の朝に来てや」と、話がまとまった。
「そういや、うちが夏の短期バイト募集してるん、何で知ったの?」と聞かれたので、「Oに誘われて」と答えた。
「あぁ、あいつか。あいつなぁ、面接の時間、遅れよってん。道に迷ったとかで。アホやろ?」。
なるほど。
Oが地図を書けない理由がわかった。

日曜日、初出勤。
「お前は自転車で荷物運ぶんが仕事やけど、今日は車に乗って、この兄ちゃんに仕事教えてもらえ」。
社長か責任者か何か知らないが、面接の時のおっさんに指示され、知らん兄ちゃんの車に乗った。
安そうなTシャツを着て、眼鏡をかけた兄ちゃん。
少し話した感じ、体育会系の雰囲気ではない。
カーオーディオにテープを差し込み、松山千春を流しだした。
「松山千春、知ってる?」。
「はぁ、まぁ」。
当時、俺が知ってる松山千春は、コロッケが物真似する松山千春。
カツラに付属する紐を引っ張ったら、頭がパカッと開いて、ハゲをネタにする松山千春(の物真似)だ。
「『長い夜』の人ですよね?」と、コロッケのおかげで知っている曲名を言うと、嬉しそうに「そうそう」。
「僕ね、松山千春が好きでね」。

兄ちゃんは、ある家の前で車を止めた。
伝票を俺に差し出し、「荷物を受け取ってもらってから、ここに判子かサインもらってね。やってみて」。
インターホンを押し、「某百貨店です。荷物をお届けに参りました」。
「ここにサインか判子をお願いします」。
俺ごときでも、余裕でできた。
兄ちゃんの運転する車で、また別の家に行き、俺が荷物を持ってインターホンを押し、サインか判子をもらう。
それを何度か繰り返し、「さぁ、今日は終わり。会社に戻ろうか」となった。

車の中で、兄ちゃんと話す。
「こんな暑い日に配達するとね、たまにお客さんから、『麦茶でもどうぞ』って、優しくしてもらえることもあるよ」。
「ちゃんと『いただきます』って言うて、君も飲ませてもらってね。この仕事しててよかったなぁって感じるよ」。
松山千春好きな気さくな兄ちゃん。
会社に戻り、車を降りてから、その後、彼と会う機会は無かった。

「戻りましたぁ」と、面接の時のおっさんに報告。
「ほな、ちょっと外に出ろ。待っとけ」。
会社の前で、ぼけっと突っ立っていると、おっさんが自転車をひいてきた。
墜落したボロボロの零戦を彷彿させる、緑の汚い自転車。
よく見ると3輪で、後ろには、けっこう大きな荷台。
「お前には、これ乗ってもらうで」。
じろじろと観察する俺。
「これ、ほんまに動くんですか?」。
「大丈夫や。今は荷物積んでへんけど、とりあえず乗ってみいや」。
サドルに座り、会社の前を行ったり来たり、少し走ってみる。
真っ直ぐに進まない。
「コツがいるな」と思った。
「ほな、明日から来てな。頑張ってや」。
おっさんは事務所に去っていった。
俺は、これから愛車になるマシンを、もう一度観察したが、すればするするほど頭が痛くなった。

次の日から盆まで、自転車に乗って中元を運ぶ。
ミナミの街を駆けずり回る日々が始まる。

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