(188)高2の夏、大阪の街を走り回った。~麦茶~

社員から伝票の束をもらい、地図上にチェックを付けて、効率的に回れるルートを決める。
倉庫から伝票と同じ番号の荷物を取り出し、ボロ自転車の荷台に積む。
はっきりとした記憶は無いが、配達に出る度に、20~30個の荷物を運んでいたと思う。

山積みになった荷物のせいで、クランクを回すのが重くてきつい上、真っ直ぐに走ることすら困難な、俺の愛車。
緑色に塗装された、腐りかけの3輪。
3日4日すると、徐々に慣れ、不思議なことに、少し愛着が湧いてきた。
また、配達をして1個ずつ荷物が減るにつれ身軽になり、走っていて快適さを感じるようになった。
まぁ、そうは言っても、「もう一度あれに乗れ」と言われたら、「嫌」と答えるが、徐々にバイト自体が楽しくなってきた。

繁華街を走り(歩行者には、少々迷惑をかけたのかも知れない)、何店舗かのお店を配達に回った。
その荷物の中で、1件だけ、商店街をそれた住所のお客さんがいる。
家の前まで行き、念のために伝票を見て、名前と住所に間違いが無いか確認していると、「どちら様ですか?」と声が聞こえた。
「ドキッ」とする俺。
インターホンを鳴らす前に、お客さんの方からスピーカー越しに声を掛けられたのだ。
「まさか、監視カメラ!?」と動揺しながらも、「某百貨店の者です。お荷物を届けに伺いました」と伝える。
「ガチャ」と受話器を置く音がして、少し待っていると玄関のドアが開いた。
現れたのは、白の特攻服のようなものを着た、金髪の兄ちゃん。
「!?」。
自分の置かれている状況が理解できなかったが、気を取り直し、荷物を渡してサインをもらった。
兄ちゃんは強面だったが、言葉は丁寧で、それが逆に怖さを助長させた。
仕事が終わり、母親と晩飯を食いながら、今日の恐怖体験を話す。
「え?そこは、有名な組の事務所やで」。
極道に詳しくない母親でも知っている事務所。
「そうやったんや…。失礼が無くてよかった…」。
俺の体から血の気が引いた。

次の日の夕方、俺は宗右衛門町を走っていた。
心斎橋筋商店街を曲がり、道頓堀川沿いにある歓楽街。
ゲームの「龍が如く」の舞台にもなった辺りだ。
雑居ビルが建ち並び、スナックが多い。
「スナック みゆき」や「スナック まゆみ」というような名前のお店に、荷物を届けるのだ。
研修の時、仕事を教えてくれた兄ちゃんから、「お客さんに麦茶をご馳走になることもあるから、ちゃんと『頂きます』言うて、飲ませてもらいや」とアドバイスされていたが、今のところ、そんな機会は無かった。
が、「ついにその時が来たか」と、俺の身体は打ち震えていた。

雑居ビルの前にボロ自転車を止め、荷物を抱え、緊張の面持ちでスナックみゆきに向かう。
営業時間前のようだ。
「いきなりドアを開けて、店に入るのも常識が無い」と思い、厚い木のドアをノックする。
「某百貨店の者です。荷物を持って参りました」。
しばらく待つと、まるで全盛期の杉本彩のような、みゆきさん。
笑顔で俺を迎えてくれる。
「ありがとう。兄ちゃん、そこに座ってぇ」。
俺はカウンターに腰掛け、みゆきさんを待つ。
グラスに麦茶を入れ、それを笑顔で俺に持って来るみゆき。
みゆきは、「暑い中、ありがとうね」と、俺の肩に手を回すが、「え、ちょっと、伝票にサインか印鑑を…」。
あわてる俺。
「もう、どうにでもなれ」と、俺は、大人の階段を一歩上がる。

という、妄想をしたが、普通におばちゃんから印鑑を押してもらい、会社に帰った。
「夢が無いよなぁ…」と、現実を噛み締めながら。
結局、バイトの契約期間が終わるまで、お客さんに麦茶を飲ませてもらったことは無かった。
せつない。
20数前、17歳の俺。

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