(190)高2の夏、大阪の街を走り回った。~最後の日~

「悪いけどなぁ、1件だけ届けてくれへんか?すまん」。
申し訳なさそうに、眼鏡の社員に声を掛けられた。
午前中の担当分を届け終え、昼休憩に入るつもりで事務所に戻ると、おまけが付いてきたようだ。
「はい、大丈夫です」。
「助かるわぁ。谷4の辺りや。頼んだわ。ごめんな」。
伝票に目を通し、地図にチェックを入れ、出発。

谷4(たによん)。
谷町四丁目。
大阪城の近く。
官公庁街だ。
荷物がひとつしか無いので荷台が軽く、散歩気分で走る俺。
「それにしても、1件だけ配達って、どういうことやろ?こんなん、初めてやな」。
ペダルを踏みながら考えた。
「スタッフの誰かが、配達するん忘れたんかな?」。
まぁ、俺が考えたところで真相はわからない。
高級マンションの最上階に住む、いかにも金持ちそうなお客さんに荷物を渡し、俺は会社に向かって走った。
足を回しながらも、何かひっかかる。
「何故、社員は申し訳なさそうに、俺に頼んだのか?」。
眼鏡の社員は、いつもスーツを着て、細身。
見た目、「趣味は読書とそろばんです。スポーツなんて、したことありません」という風貌だが、性格は体育会系。
「おい、お前!頼んだぞ」というノリで、俺はいつも配達に送り出される。
それが、何故か今回だけは妙に腰が低い。
「どういう風の吹き回しだ?」。

会社に戻ると、久しぶりにOと会った。
高校のクラスメートで、このバイトを紹介してくれたO。
バイト先は同じでも、配達に回る地域もスケジュールも違うので、顔を合わす機会が無かった。
倉庫の隅で、世間話をする。
と、誰かが自転車の荷台に荷物を積み始める姿が目に入った。
「あの人、知ってる?」とO。
「見たことはあるかも知れんけど、話したことはないなぁ」と俺。
「あの人、めっちゃお洒落やで。あの人が履いてるパンツ、スケボーする人が履くパンツやねん。格好ええわぁ」。
うっとりするOと、興味を示さない俺。
「あの人、この仕事、長いらしいねん。1日に8,000円。調子ええ時は10,000円ぐらい稼ぐらしいで」。
「!?」。
金の話になると、俺は興味を示す。
また、同時にショックを受ける。
俺が1日働いて稼ぐ金額は、6,000円ほど。
「俺と同じ、自転車で荷物を配達する仕事をしていて、この差はなんなんだ!?」。
バイト代は、1件届けていくらという、歩合制だ。
「この10,000円プレイヤーと俺とでは、ベースとなる金額が違うのかも知れないな」と、仮説を立てた。
また、「10,000円プレイヤーは、効率的に配達先を回っているのかも知れない」とも考える。
となると、1件の配達のために谷4まで行った俺は、効率的ではない。
時間のロス?

「ふざけんな!あほんだらー!?」と、社員に詰め寄ろうかと思ったが、安請け合いした俺が悪い。
それに、あまり実感は湧かないが、普段、見えないところで、俺は社員に世話になっているのだろう。
そう、自分を納得させた。

バイト最後の日が終わり、Oと日本橋駅まで歩いた。
お互い手を振ってから、Oは近鉄電車の改札に進む。
俺は、いつも通り地下鉄の切符を買おうと思ったが、急に気が変わり、歩いて帰ることにした。
バイトが終わった解放感、やり遂げた充実感がやばい。
それを満喫しながら、歩いて帰りたくなったのだ。
夕日が射すミナミから、30分ほど。
家の近くまで俺は来た。
偶然、犬と散歩する母親と会う。
「バイトが終わって、だらけた日常に戻ったな」。
ひしひしと、そう感じた。

今でも、ロードバイクに乗って大阪市内を走ることがある。
クランクを回していると、「そういや、俺、自転車に乗って配達するバイトをしてたな」と、たまに思い出す。
その後、必ず、「仕事でもなく、金にもならないのに、自転車に乗って走っている今の俺って、なかなか物好きな奴やな」と思う。

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