(191)高知を走る~お遍路姉ちゃん~

「頑張れ、頑張れ!」。
「頑張れ、頑張れ!」。
女性の明るい声。
声援が聞こえる。
海沿いの道。
少しのアップダウン。
室戸岬の少し北側を走っていると、お遍路さんの格好(下はジーンズだったような)の女性、おばちゃんというよりお姉さんが、車道の反対側で俺に声をかけてくれた。
俺は、ちらっとお姉さんの方に顔を向ける。
旦那さん(もお遍路さん)と歩くお姉さん。
誰かの声援を受けて走る。
それは初めての経験で、素直に嬉しかったが、手を振ったり、感動に酔いしれる余裕も時間も、俺には無かった。

去年の春だったと記憶している。
その日、ロードバイクに乗って半泣きの俺は、徳島県の鳴門市から高知県の安芸市に向かって走った。
鳴門には、飲み屋を経営している釣り人Nさんに誘われ、何度も遠征している。
いつもの日帰りスケジュールは、だいたい以下の通り。
(1)午前2時半、俺の家の近くで待ち合わせ、車に乗る。
(2)午前5時、鳴門に着く。
(3)Nさんは鯛釣り、俺はロングライド(高松に向かう等)。
(4)午後3時、鳴門で合流。
(5)夕方、家(兵庫県西宮市)に着く。
以上。
ところが、その日に限っては、事情が違った。

出発の2週間ほど前、Nさんに提案される。
「鳴門で1泊しませんか?2日連続で釣りをしたいなと思いまして」。
俺は、迷わず「OK」と伝える。
大賛成だ。
正直に言うと、いつもの日帰りスケジュールでは、睡眠時間が短くなるので、かなりきついのだ。
だいたい、朝の5時からロードに乗る気分にはなれない。
「よし、1泊できるなら、睡眠時間も取れるし、時間的に余裕を持ってサイクリングできるな」。
「ちょっと待てよ。俺まで鳴門で1泊する必要は無い。遠くまで走って、そこで泊まったらいい」。
さっそく、鳴門から200㎞以内で行ける町と宿を探した。
香川県を走るか、高知県を走るか。
地図(Google Map)を見て検討したところ、鳴門から150㎞ぐらいに位置する、高知県安芸市に決めた。
安芸は、行ったことはないが、俺にとって身近な存在である。
我が阪神タイガースのキャンプ地なのだ(今、1軍は沖縄やけど)。

スケジュールとしては、鳴門市を南下して、室戸岬(四国の右下)を観光する。
そこから、西に向けて走ると安芸市。
知らん人がアップしたルートラボを参考に進めば安心。
ホテルの予約も済ます。
出発までは、「余裕、余裕」と軽く考えていたが、当日、かなり切迫する。
西宮市を出発し、大鳴門橋(淡路島と鳴門を結ぶ橋)を渡っても、けっこうな雨。
車の中で少し仮眠し、Nさんが釣りに出る時も雨は降り続く。
「天気予報やと、前日は雨でも、当日は晴れやったのに…」。
雨の中を走るのは、物凄く嫌だ。
濡れるのも嫌だし、道が濡れていると、スリップする懸念がある。
「コンディション最悪…」と、泣きそうになった。
ただ、「午後3時にチェックインする」とホテルに予約を入れているため、仕方がない。
俺は、雨の中の鳴門を走り出した。

鳴門から少し南に位置する徳島市に入る。
不運なことに、通勤ラッシュ。
ビュンビュン走る車を横目に、俺は車道の左端を走るが、路側帯も狭い上に、白線の上にタイヤが乗ると、スリップの懸念。
まだ5分の1も走っていないのに、精神的に疲れた。
「もう、こんなん嫌や」と、コンビニを見つけるたびに立ち読みをし(ロードを見張りつつ)、飴やガムを買う…を繰り返し、ゆっくりと南へ南へ進んだ。

徳島市を抜け、交通量も減り、のどかな景色が広がる。
雨も止み、少しずつ晴れてきた。
と同時に、山岳コースも始まる。
絶望的な傾斜は無かったが、途中で道を間違えたらしく、無駄に登ってしまい、自分自身に対して絶望的な気分になった。
下ってから、「やっと平坦な道やな」と、しばらくは快適に走ったが、スマートフォンで時間を確認すると、予定より3時間遅れていた。
「コンビニで休憩しすぎたな。連絡したチェックインの予定時刻、ホテルに着くのは、かなり難しい。急ごう」。
海沿いの道を、俺は必死になってクランクを回す。
ちょっとした坂があり、アップダウン、アップタウン。
お遍路姉ちゃんの声援を受けたのは、その時だった。

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