(198)高知を走る~中田駅~

甲浦駅で電車に乗る。
俺は気配りができる男で、後から乗ってきた人の迷惑にならないよう、車輪の一番後ろに座り、脇に輪行バッグを置いた。
電車が出発する。
客は、俺ひとりだった。

山の中の小さなトンネルを通過すると、木々に囲まれた線路を電車は走る。
「たまに、鹿と電車がぶつかって、ダイヤが乱れたとかってニュースがあるよな」。
「こういう所なんかな?」。
景色を見ながら、そんなこと考えた。

「居心地ええわぁ」と思う。
電車は、俺がクランクを回さなくても前に進んでくれる。
当然のことだ。
「居心地ええわぁ」。
そのまま寝ようかなと、目を閉じそうになる直前、黄色いのが視界の端を飛んでいることに気付いた。
「アシナガバチや…」。
電車の中、閉鎖された環境で蜂と一緒に過ごす。
気が気じゃない。
乗り換えをする海部駅まで10分程度だったが、かなりの神経をすり減らした。

海部駅に着いて、JRに乗り換える。
蜂ともおさらばだ。
俺は車両の前の方、運転士の側に腰掛け、2時間近く景色を見てすごした。
たまに、振動で輪行バッグが揺れ、そのたびに「エンド金具が外れたんちゃうか?リアディレイラーが破損してへんか?」と、悲嘆しそうになった。
海部を出発した時は、乗客が少なく、車内は静まりかえっていた。
が、少しずつ増え、途中、高校生の集団が乗り込んでくると、大にぎわい。
なかなか活気のある電車になった。
目的地の中田駅が見える。
周辺には、いくつもの家々。
自然に慣れすぎたせいか、ずいぶんと都会に感じた。

中田駅を出て、すぐに広場があり、その脇に駐輪場。
俺は、利用客の邪魔にならないよう、駐輪場の空いた所で輪行バッグを開けた。
フレームにホイールを適当にはめる。
リアディレイラーの損傷を確認したが、問題無かった。
セーフ。
いつでも走れる状態になったが、俺は走らない。
この後、西宮市までNさんの車にロードバイクを積んで帰る。
が、釣り道具が散乱した後部座席に、輪行バッグに収納した状態では詰め込めない。
フレームとホイールをばらした状態でないと、詰め込めないのだ。
なので、俺は適当にホイールをはめたロードバイクのハンドルに軽く手を添え、駅前でNさんが迎えに来るのを待った。
30分ほど。

ヘルメットを脱いだ後のぐしゃぐしゃの髪の毛。
汚いサイクルジャージを着て、駅前でNさんを待つ俺。
その前を、女子高生の集団が通りすぎる。
時間は、午後3時半ぐらいだったので、下校中だろう。
「やっぱり、俺って『汚ならしい』って思われてるんやろなぁ」。
「高校生であろうが、OLであろうが、おばちゃんであろうが、年齢関係無く、異性から見た今の俺は、間違いなく汚ならしいんやろなぁ」と、自己分析する俺。
そして、素直な気持ちで、「早くこの状況を打開したい」。
そう念じていると、駅前への1本道を走るNさんの車が見えた。
「耐えた」。
車にロードを積み、座席につく。
「JKに囲まれてましたね。羨ましいです」と、ニヤニヤするNさん。
「ほんまに幸せでしたわぁ」と答える俺。

車で少し走り、スーパーの駐車場に車を駐めた。
向かう先は、「松本中華そば店」。
お店まで、Nさんは無言で歩く。
早朝から釣りをして、疲れていたのだろう。
気持ちはわかる。
俺も無言だ。
昨日から疲れきっていた。
ラーメン屋まで50mほどでも、歩くのが苦痛だ。
意味不明なのが、Tさん。
Nさんと同じく、早朝から釣りをしていたはずだ。
「なんやねん?なんでやん?」と言いたくなるほど元気で、無駄な絡みをしてくる。

ラーメン屋に入ってからも、Tさんは世話しなく話し続けていたが(どうでもいいことを)、向き合う気力が俺には無かった。
Tさんを「この世には存在しないもの」と思うこにして、メニューに目をやる。
「さすが、徳島ラーメン。いいねぇ」。
大、肉大、小、肉小。
肉と麺の大小で構成されたメニュー。
「シンプルでいいねぇ」。
俺は、疲れた時にガツガツ食いたいタイプではないので、「小をお願いします」と店主に伝えた。
狭く古びた店内を見回し、その雰囲気を感じていると、思ったより早くラーメンが出てきた。
が、スープを味わい、麺を味わうはずなのに、俺の体調が悪かったのだろう。
味覚がおかしかったのだろう。
疲れすぎていて、何を食っても味がしない状態になっていた。
いまだに後悔している。
「最高までいかなくても、普通のコンディションでいいから、あの味をちゃんと味わいたい」と思う。

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