(311)ロードで行く和歌山旅行~帰りの孝子峠~

1月3日、朝10時過ぎ、帰路につく。
数年前、ロードバイクに乗り始めた頃、和歌山を旅行した際は、友人に土産を買って帰ったが、この日は手ぶら。
いつの間にか、ロードで旅をして土産を買って帰るという発想は無くなった。
理由は簡単。
「荷物になるから」だ。

数分走ると、紀の川。
確か、ここにもサイクリングロードがあるはず。
走ってみたい気もするが、なるべく早く家に帰りたいので(何も予定など無いくせに)、また次の機会に。

走りながら、今日の予定について考える。
昼前には墓参りを終わらせ、16時に家に着く(その後の予定は無い)。
わけだが、その前にだ。
墓にたどり着くには、孝子峠を越えなくてはならない。
昨日は大阪側から越えたが、和歌山側から越える孝子峠は、味わい(苦しみ)が異なる。
登り続ける距離はそれほど長くないが、最初からそこそこの傾斜(大阪側からだと、ほぼ平坦だが一部だけ傾斜がきつい)。
また、以前、大雨の中で走った経験がある。
流れる滝のような坂を、スリップしないように気を付けて登りつつ、追い抜くトラックにびびらされた経験。
おかげで、「和歌山側からの孝子峠は怖い」という印象が刷り込まれた。

「怖いから、歩道が続くところまでは、なるべく歩道を走ろう」。
ゆっくりと登り始める。
峠を越えてからも、家まで70㎞近く走らないといけないので、脚を労りながらゆっくりと。
車道を走る車を横目にクランクを回したが、正月休みのおかげか、この日もトラックを見掛けなかった。
少しほっとする。

徐々にてっぺんが近付く。
「あれ?大したことないやん」。
走っていて、楽ではないが、それほどきつい登りとも感じない。
俺は、この峠に対し、勝手にコンプレックスを抱えていただけなのかも知れない。

登りきった後、すぐに下り。
孝子駅が見えた。
駅員も客も無人。
ここからしばらくは下りなので、脚を回さず重力に任せて進む。
サイコンに目をやると、時速20㎞。
「めちゃめちゃ遅いけど、まぁ、ええわ」。
疲れないように自分を労る。

サドルに股がっていれば、ぼんやりしてても勝手にホイールは回ってくれる。
「居心地ええわ」。
腑抜けまくっていると、知らないロード乗りに追い抜かされた。
「まぁ、ええわ。俺には関係無い」。
そう思って、温泉にでも浸かっている気分で下っていると、また知らないロード乗りに抜かされた。
「下りで必死に脚回して何になるの?」。
冷めた視線で見ていると、また知らないロード乗りに追い抜かされた。
「真面目に走ろう」と思った。

下りが終わり、大阪の中心部まで一直線の道。
「この先に信号地獄が待ってるんか」とテンションは下がる。
ただ、幸いなことに、車は少なかった。
が、無駄にアップダウンが連続する。
「埋めろよ。削れよ」。
憎しみを込めて脚を回し、予定通り、昼前にうちの墓がある霊園に着いた。

「誰が来たんやろ?」。
両親か親戚かはわからないが、綺麗な仏花が供えられていた。
俺はコンビニで買った線香を10本ほど手に取り、ターボライターで火をつける。
手を合わせ、「今年も見守って下さい」というようなことを心の中で伝え、俺は霊園を後にした。
1月3日の昼前。
不思議と、霊園では誰ともすれ違わなかったし、誰も見掛けなかった。

墓参りを終えたことて、「とりあえず、やるべきことはやった」と達成感に浸り、26号線を大阪難波に向かって走る。
と、また知らないロード乗りに追い抜かされた。
朝から4人目だ。
まだ2時間も走っていないのに。
「別にタイムを競うレースに出ているわけではない」、「マイペースに走ればいい」と頭ではわかっている。
しかし、俺は地味に傷付いた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする