(469)ロードの旅 ビワイチ編~リタイアのタイミング~

「旧賤ヶ岳トンネルを抜けると、天気が一気に回復する」と、何の根拠も無く勝手に期待したが、現実はそういうわけにもいかず…。
空は灰色で雨がパラパラと降り、相変わらず路面は濡れたまま。
信号も交通量も少ないが、それでも度々ブレーキを掛けることもあり、「右手が痛いわぁ…」。
ふと、右手に目をやると、打撲のせいで腫れ上がり、グローブまでパンパンに膨れているようだ。
「悲惨すぎる…」。

この困難な局面を打開するには、リタイアしかない。
ただ、俺の方からそれを申し出ることに抵抗を感じる。
なるべくなら、Sさん(同行者)の口から「もう限界じゃないですか?やりきれない気持ちは本当に理解できますが、リタイアする勇気も必要だと思いますよ。ご決断をお願いします」とかなんとか言ってほしい(少し強目に)。
そこで俺が涙をこらえ、こう言うのだ。
「わかりました…。そこまで言われるのなら、『勇気ある撤退』を選択します…」。
更に声を震わせて続ける。
「こんなに悔しい気持ちになるとは…。いつの日か必ずリベンジしたい…」。
俺の言葉に耳を傾け、こくりと頷くSさんの目に一滴の涙がこぼれた。

とまぁ、そんな三文芝居など現実には起こらない。
クランクを回しながら何となく振り返り、Sさんの様子を確認すると、余裕綽々。
ぴんぴんしている。
「そら、そうやわな」。
「時速20㎞やもんな」。
「まぁ、俺は死にかけてるけど…」。

少しの間、下り区間に入る。
と、ブレーキを掛ける頻度が高くなり、その分、負傷した右手に激痛が走る。
「あかんわ」。
「一度、冷静になろう」。
立ち止まって、グーパー、グーパー。
右手を開閉すると、痛みとともに自分の手とは思えない感覚。
「まともにブレーキ掛けられへん手で濡れた路面を下るのは、まぁまぁの自殺行為やな」。
サドルを降り、ハンドルに手を添えてロードバイクを押して歩く。

下ってしばらく進んだ先に、コンビニの看板が見えた。
「ちょっと休憩させて下さい」とSさんに声を掛け、店の壁にロードを立て掛ける。
正直、別に腹は減っていなかったが、何か食べることでリフレッシュできないかと思った次第です。
入店してコロッケを買い、外で食べながらSさんとルートについて話し合う(基本、俺は教えてもらう側)。
その際、Googleマップを起動して現在地の確認をしたところ、「え、もうこんなところ?」。
思い返せば、木ノ本でリタイアし輪行で帰ることと想定していた。
のだが、何となく旧賤ヶ岳トンネルを抜け、そして更に進み、既にビワイチの半分以上の距離を走っていた。
「うっわぁ」。
ここまできたら色気が出る。
リタイアはできない。
もったいない。
「しゃあないなぁ」。
完走することを心に決めた(Sさんには迷惑を掛けるが)。

ちょっとした田園風景を眺めながらクランクを回す。
幸いなことに雨は止み、路面も少しはマシになった。
スリップの恐れが無く、信号も少ない(と言うか無い)環境。
「思い切って走れるな」。
ずっと右手を庇ってゆっくり走ってきただけに、脚と体力は十分に残っている。
既にスタートして7時間ほど経過していた(めちゃめちゃ遅い)が、「先行きは明るい」。
しばらくはそんな気分になれた。

つづく

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