(348)ロードバイクで伊勢を走る~なるべく苦しみを感じない工夫~

牡蠣を食いまくった後、満足感を得られすぎたおかげで、「もう動きたくない」という感情に支配された。
が、家に帰らなくてはならない。
Sさんがせっかく組んでくれたスケジュールを、しっかりと消化しなくてはならない。

牡蠣小屋を出て、すぐに登り。
嫌すぎる。
「脚を回す気になれんわ」。
Sさんも俺と同じことを考えていたようで、ロードバイクには乗らず、しばらく押して歩きながら坂を登った。

「次の目的地は、鳥羽展望台です」とSさん。
「またアップダウンが始まるんか…」。
泣きそうになる。
「鳥羽展望台の次に面白展望台へ向かいますが、そこは別に寄らなくてもいいかと思います」。
「では、寄らない方針でお願いします」。
正直、ふたつも連続で展望するより、早く横になりたい。

アップダウン、アップダウンの後、その時点の俺にとってかなり過酷な登りに入った。
車は少ないが、バイカーたちに抜かされまくる。
「ええよなぁ。気持ち良さそう。バイクは」。
「乗りたいなぁ。免許持ってへんけど」。
いじけつつ脚を回す。

前に目をやると、頂上らしき場所、展望台らしき場所が。
「もう近いな。このまま登ればすぐや」と勇気が湧いてきたが、前を進むSさんが右に曲がった。
「迂回路?」。
「すぐそこやのに、まだ登り続けなあかんの?」。

既に鼻炎のせいで呼吸がスムーズに出来ず苦しかったが、脚にまで疲労を感じ始めた。
呼吸に関しては少し休めばなんとかなるが、脚の疲労はすぐには治らない。
「やばいな」と思ったが、ふと「もっと苦労した経験もあったよな」とも思う。
「そう、汗が止まらない真夏の岡山へのライド。相生と赤穂の間、登りで死にたくなったよな」。

一緒、ポジティブになりかけたが、心肺が悲鳴を上げている気もする。
こういう時の対処法としては、体と頭を切り離すこと。
体と頭が繋がってるいると、「体が辛い」と頭にシグナルを送り、「俺って辛いな」、「なんて可哀想なんだろう、俺」と悲惨な状況を頭が認識してしまう。
その「辛いシグナル」を、頭の方で受け付けないようにしよう。
具体的には、全然関係無いことを考える。
この時に考えたのは、叔母のことだ。

俺の母親の姉で、数年前に亡くなった。
人柄は悪くない。
いつも笑顔の印象。
ただ、俺は子供の頃から叔母と話していると、どうも違和感があった。
「おばちゃん、なんで訛ってるんやろ?」。
当時の俺は、大阪弁以外の言葉や発音は、全て訛っていると感じていた。
叔母は大阪生まれの大阪育ち。
俺にとって「訛ってる」と認識されるのはおかしいわけだ。
その理由を考えてみた。
「あ、おっちゃん(旦那)が島根の人やからや。影響されたんやわ」。

Sさんは5mほど前を走っている。
鳥羽展望台には、まだたどり着かない。

子供の頃、押し入れから古いアルバムを見つけ、引っ張り出した。
母親のアルバムだ。
その中に、1枚、叔母の白黒写真があった。
10代後半ぐらいだろうか。
浴衣を着て踊っている。
「おばちゃん、昔から踊るん好きやねん」。
母親がそう言っていたな。
そう言えば、俺も叔母と一緒に踊った。
小学校に入って間も無い頃だったか、一緒に盆踊りに行った。
記憶に残っているのは、やぐらを囲んでアラレちゃん音頭を踊る叔母。
「大人がアラレちゃん音頭を踊るって変やなぁ」。

登りは続く。
終わりそうにない。
Sさんは、ペースを落とさずせっせとクランクを回している。

「『ええ大人がアラレちゃん音頭を踊るのは、アリかナシか』。じっくりと考えてみよう」。
まず、大人がアラレちゃん音頭を踊ったところで、誰にも迷惑を掛けない。
そもそも、盆踊り自体、ノリが大事なので、ノリでアラレちゃん音頭を踊るのもアリだろう。
また、アラレちゃん音頭は、年齢を問わず老若男女に受け入れられやすい曲と詩なのかも知れない。
と考えると、「アリやな」。
と、結論を出そうとしたが焦ってはいけない。
ナシとなる理由も考え、お互いを突き合わせて結論を出すのだ。
「では、ナシの理由、何か無いかな?」。
「そやなぁ」。

「お」。
坂の向こうに展望台が見えてきた。
駐車場に入る。
やっとだ。
やっと、平らな道に足を踏み入れた。
とりあえず登り切ったのだ。

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