(351)ロードバイクで伊勢を走る~青峰山 正福寺~

サドルに股がらず、クランクを回すこともなく、正福寺への山道を歩く。
ロードバイクを押しながら。
「乗るのも疲れるけど、ええ加減、歩くのも疲れてきたな。足、痛いし」。
このブログを読んでくれ、今回、伊勢を案内してくれたSさんが前を歩いていたが、俺は徐々に遅れだす。
「あー、しんど」。

麓からここまで左手に崖があるが、ぱっと見て両サイドに木。
木。
木。
木。
木。
景色が変わらないので、いくら歩いても進んだ気がしない。
むしろ「これ、さっき通った道ちゃうんか?」。
疑問に感じる。
また、「狸でもおるんか?」と本気で悩んだ。

10mほど先で、Sさんが何かに指を差し、声を上げている。
「急に何のテンションやねん?」と思ったが、シチュエーション的に、「正福寺が見えましたよ!」だろう。
Sさんは急に元気になったようで、サドルに股がって登り始めた。
「俺も歩くのやめて、ロードに乗って登ろうか」と一瞬考えたが、クリートカバーを外すのが面倒くさく感じ、そのまま徒歩。
ロードを押しながら、正福寺へ。

古び方に味がある。
そして、立派に構えている大門が見えた。
「これやねん。俺が求めていたのは」。
小綺麗なお寺よりも、ずっも趣が深い。

大門をくぐると、他の観光客が見えない。
ひとりも。
寂しくも感じるが、また「想像してたよりもコンパクトな佇まいやな」。
そう感じた。
今回の旅の前に、正福寺の画像をネットで収集し、「法隆寺ほどではなくても大寺院みたい」と印象を受けたが、それほど大きくないスペースに施設が凝縮しているようだ。

Sさんが悠々自適に歩き回っている姿を、かなり後ろから見ていると、他にも参拝客がいるではないか。
「誠実に信仰してる人もいてはるんやなぁ」。
妙にしんみりした気持ちで、俺は俺で自由にうろうろする。

伝統的に漁業が盛んなこの地域。
海上の安全を専門にする神様か仏様が正福寺にはおられるようで、船の絵が描かれた絵馬が並べられていた。
「昭和××年」とか「大正××年」は見ていて解読できたが、それ以前となると絵馬が真っ白になっていて読めない。
古すぎるのだろう。
「う~ん、歴史を感じるね」。
満たされる俺。

振り返ると、古びた美しさを感じせてくれたのは絵馬だけではないと思う。
正福寺全体が俺をタイムスリップさせてくれた錯覚に陥る。
「値打ちあるわぁ」。
感傷に浸りながら、トイレに行ったSさんを大門の前で待つ。
また、「もう帰るんやなぁ。疲れたけど、もう帰るんやなぁ」という気持ちもわき出た。

Sさんが戻り、「後は帰るだけですね。志摩磯部の駅に向かいましょう」と言われ、「やっぱり帰るんやなぁ」と実感した。
疲れまくっているので、早く帰って横になりたいが、何か名残惜しい気もする。

大門を少し進み、下る。
下りまくる。
スピードが乗りまくっているので、脚を止めていてもガンガン進むが、路面の状態が悪く急カーブが連続する上にガードレールも無い。
「死ぬわ!」と思い、常にブレーキをかけられるように心掛ける。
神経質すぎるぐらいに。
「またカーブか!?」。
「またか!?」。
連続でくる。
「気が抜けないな」とあらためて集中していると、鼻水が吹き出した。
仕方がないので脚を止め、バックパックからティッシュを取り出し鼻をかむ。
「おかしいよなぁ。下りは楽なはずやのに、精神的な面で疲労を感じるよな」。
しばらくぼけっとしてからサドルに乗り、下り終えるとSさんが待っていた。
「遅いので、何かあったのかと心配しましたよ」。
「すみません。鼻水が止まらず鼻をかんでいただけです」。
Sさんからすると、「なんやそれ?」だろう。
「では、志摩磯部駅に向かって走りましょう」。

田舎の平坦な道を進む。
左手に近鉄電車の線路が見えた記憶があるが、正直、曖昧だ。
この時の俺は疲れすぎていて、景色を楽しむ余裕など一切無かった。

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