(380)日帰りで鳴門へ~心境の変化~

15年ほど前、仕事上、それまで当たり前に出来たことが急に出来なくなった。
作業に取り掛かろうにも、「忘れた」と言うか「わからない」感覚に陥る。
「先々週、俺は同じ作業を普通にこなした。なのに、何で…?」。
「俺はおかしくなった」と感じ、先輩に事情を説明。
忙しい中、病院へ行った。
結果、「あなたは鬱です」と。

何度かカウンセリングを受け、その中で医者に言われたのが、「嫌なことはするな」だった。
会社を辞め、3ヶ月ほど旅行したり昼に起きる生活を続け、嫌なことはしないように、ストレスを溜めないように心掛けた後、また別の会社で働き出す。
「リハビリがてら」と思い、正社員ではなく、まずはバイト扱いで。

社会では、嫌なことが多い。
まぁ、社会人として金を貰っているわけだから、作業上の嫌なことに向き合わなくてはならない。
が、必要とは思えない嫌なことには向き合わないように決めた。
例えば、会社の飲み会。
定期的にある。
定時に帰れる環境なら、「たまには行ってもええか」となるのだが、終電まで働く環境。
しかも、休みが週に1日となると、会社の行事なんて、ただの嫌がらせとしか思えない。
飲んだ後、場の雰囲気でカラオケへ…という流れになるが多々あった。
が、俺は行かない。
自分に酔ったおっさんの歌声を聴くのが嫌だからだ。
飲み会に顔を出しただけで、俺は役目は果たした。
それ以上、嫌なことはしない。

俺はキュウリが嫌いだ。
定食屋で飯を食うと、サラダにキュウリが入っているケースがある。
「勘弁してくれよ」。
「食いたくないよなぁ」。
「残そうかなぁ」。
「でも、嫌でも大人として見られる年齢になって好き嫌いがあるってのも格好悪いしなぁ」。
とまぁ、悩んでしまうわけだが、結局「残す」を選択する。
嫌なことはしないからだ。

生きていると、嫌でもしなくてはならないことはある。
が、「そんなもんに付き合わんでもええやろ」ってことも結構ある。
「アホと思われるかも知れん」。
「空気読まれへん奴やと思われるかも知れん」。
それに惑わされず、「嫌なことはしない」を貫くと、「世の中ってそれなりに気楽に生きていけるよな」と感じた。

そして、だ。
目の前に立ちはだかる登り坂in高松牟礼線。
「嫌だ」。
率直に思う。
登りなんて、嫌なことそのものだ。
が、Googleマップを確認すると、俺はちょうど中間地点に近いところにいるようで、進んでも戻っても登り。
どっちみち登り。
「嫌だ」。
だが、俺にも意地がある。
誰にも評価されることもなく、誰に知られることもないが、自分には嘘をつけない。

嫌々ダンシングする。
「いっち、にぃ」。
「いっち、にぃ」。
「そろそろ座ろうか」。
「あかんわ。座った方がしんどいわ」。
「いっち、にぃ」。
「いっち、にぃ」。

かったるい登り坂をクリアーし、次の景色が見えてきた。
漁港に海水浴場(4月なので、泳いでる人など誰もいないが)。
少しでも平地が見えただけ安心できた。
民家もある。
ちょっとした集落だ。
「ここに住んでる人はどんな生活をしてるのだろうか?やはり、車が無いと生きていけない環境なのだろうか?」と考える(どこに行っても同じことを考えますね)。

久々の平坦な道。
平和を感じながら進むと、自販機があった。
ボトルの水が無くなりそうだったので助かる。
100円か110円を入れて水を買った後、デカビタCか何かガソリンになりそうなもの(名前は忘れた)も買っていっき飲み。

ほんの少し楽できたが、また嫌なものが見えてきた。
登り。
心の中は、「またかよ」と「やっぱりな」。
もう諦めもついた。
だんだんと、どうでもよくなってきた。
ただ、よく考えると、「かったるいんじゃ!」と心の中で叫びながらも、確かに俺は、ここまでアップダウンを繰り返してきたのだ。
諦めもあるが、自信も持てた。

「登り、むしろ嬉しいね」。
「ふふっ、かかってこいよ」と小さな声を出し、サドルから尻を上げる。
「いっち、にぃ」。
ラリってるかのように、駆け上がった。
何度も。

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