(559)ストレスが溜まる、薄暗い武庫川サイクリングロード

適度に体を動かしたい。
ダイエットしたい。
遠くに行きたい。
旅に出たい。
ロードバイクに乗る理由は、俺の中でいろいろとあるが、「快適に走ってストレス解消したい」が一番である(と自覚している)。
ただ、路面の状態が悪く「下からの突き上げがきっついなぁ」と不快に感じることもあれば、狭い道で渋滞に巻き込まれてイライラしたり、真横を通り過ぎる車にひゃっとしたり。
そんな感じで、走れば走るほどストレスが溜まる場合もある。
まぁ、それはいい。
世の中は、俺を中心に構築されたものではないのだ。
俺の都合に合わせて交通量が減ったり、道路が綺麗に舗装されるわけがない。

ただ、どうせ走るなら、なるべくならストレスを感じず快適に走りたいのが本音で、「ならば、走りやすい環境とは?」と考えたところ、「やっぱりサイクリングロードやな」と。
ちなみに、俺にとって「サイクリングロード」と言えば、「武庫川サイクリングロード」。

と言うわけで、先々月の終わり頃の話。
暇な時間を見つけ、「快適さを感じながら走りたいな」と武庫川サイクリングロードに向かった。
確か、走り始めたのは17時ぐらいだったと思う。
夏場と違い、日暮れが早くなっていることをすっかり忘れ、アホな俺はマイペースにクランクを回した。

やがて辺りは薄暗くなり、「VOLT400、任せたよ」とライトに手を伸ばしてON。
点灯。
念のため、やや徐行しつつ走り続け、折り返し地点の宝塚市役所の前に出た。
VOLT400が照らす景色は、もう何年前から見慣れた景色。
興味が湧くわけもなく、Uターンして来た道を引き返す。

が、「おかしい」。
脚を回しながら、2点、疑問に思う。
1点目。
「何で俺は半袖のジャージを着てるんやろう…?」。
正直、寒い。
2点目。
「何でこいつら無灯火なんや?」。
すれ違う自転車のほとんどが無灯火。
「鬱陶しいよなぁ」。

カウンターを用いて正確な人数を数えたわけではないが、ママチャリに乗っている人は無灯火が多い(と感じる)。
正直、無灯火で自転車に乗る人、事故に対する意識が低い人が死のうが消えようがどうでもいい。
俺が願うことは、「俺に近寄るなよ」、「俺を巻き込むなよ」。
特に、「接触してフレームに傷付けるようなことはやめてくれよ」。

無灯火で走る人とすれ違うたびに、「え?」と思ったのが、「こいつ、まぁまぁの歳やん…」ということ。
子供ならわかるのだが、嫌でも大人と見なされる歳で無灯火。
無灯火おじさん、または無灯火おばさんからすると、ライトを点けて走っている俺は見えるだろう。
しかし、「前から来る相手(俺)には自分が見えない」と想像することは難しいのだろうか?
今まで何を考えた生きてきたのか不思議である。

と言うわけで、薄暗い武庫川サイクリングロードを快適ではなく不快な気分で走った。
今、思い返しても「鬱陶しかったなぁ」だが、俺がイライラしたところで、日本中の自転車に乗る人たちの意識が変わるはずがない。
「結局、他人がどうであろうが、俺は俺なりにルールを守るしかないな」。
そう思い、酒を飲み焼鳥を食いながら、この記事を書く俺であった。

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