(593)ロードバイクに乗って川西方面へ-6

川西能勢口に来た目的は、「農家のおにぎり屋」で買い物をするため…だが、実はもうひとつ。
この川西能勢口駅は阪急宝塚線の駅。
そして、すぐ近くにJRの川西池田駅がある。
俺は、川西池田にも寄りたい。

Google Mapを確認する。
「この道をこのまま真っ直ぐ進んだら、川西池田の北側に出るな」。
「OK。都合ええわ」。
クランクを回す。

「ついに生で見る機会が訪れたわぁ」。
歩道を走っているためスピードを出せないが、気持ちだけは前に突っ込む。
「今までネットの画像でしか見たことなかったけど、やっと会えるんやわぁ」。
そう、永遠のアイドル、小川範子と…。
ではなく、川西池田駅の北側にある多田満仲(源満仲)像と。

(ここから少し語る)

世の中には歴史好きが多いと思う。
酒の席でも、歴史の話を吹っ掛けてくる人の相手をしたことなど何度もある。
が、ほとんどは戦国時代の話。
大河ドラマでも戦国時代の話が多いので、戦国時代ファンは多いのだろう。
あとは幕末か。
まぁ、どちらも面白いと思うが、その時代に限定された歴史の見方をする人に違和感を覚える。
というのも、歴史は連続性が有り、掘り起こす作業を楽しむものと俺は考えるからだ。

例えば、「何故、戦国時代が始まったか?」を考えると、室町幕府の脆弱さにたどり着く。
では、「何故、室町幕府が脆弱だったのか?」を考える(足利義満の代で一応引き締まったが)。
そこで、「太平記」。
避けては通れない(大河ドラマ、大好きでした)。
南朝と北朝に1人ずつ天皇陛下がいる時代。
太平記の主役のひとり、後醍醐天皇は本来あるべき政治を実現しようと、天皇親政を目指された。
が、ならば…だ。
それまでは天皇陛下にとって本来あるべきではない政治だったのか?となる。
では、鎌倉時代はどうだったのか?
掘り起こす、掘り起こす。

というわけで、本やネットで歴史を掘り起こしていると、多田満仲は興味深い歴史上の人物だと感じた。
武士の棟梁である八幡太郎義家も、武士による政権を樹立した頼朝も尊氏も、また武田信玄にしても、血の繋がり、家の繋がりは、満仲に行き着く。
彼は清和源氏の祖なのだ。

(語り終了) 

満仲が武士団を率いて本拠地とした多田は、今の川西市…といった縁で、川西池田駅の北側に満仲像がある。
「あの人に、もう会える」。
はち切れそうな感情を抑え、ゆっくりクランクを回していると、道の向こう側に見えた。
騎馬に股がる満仲像。
「あっちに渡りたいんやけど、信号はどこや?」。
辺りをキョロキョロし、少し遠回りになったがやっと出会えた。

視力の悪い俺にも、その風格が伝わる。
「かっこええわぁ」。
「躍動感があるねぇ。迫力満点や」。
胸が熱くなってきた。
そして、満仲の表情を見たいと思い、目を細める。
が、「え?何やこれ?」。
俺は満仲像を後ろから眺めていた。

つづく

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