(600)福島の551蓬莱へロードバイクに乗って走る-3

淀川大橋が見えてくると、車道から歩道に上がる。
700m以上ある長い橋。
道幅が狭いため、車道は怖くて走れない。
まぁ、歩道は歩道でめっちゃ狭いんですけどね。

前には、横に並んで歩く2人の女性。
中国語で会話し、盛り上がっているようだ。
「ちょっと邪魔やな」と思う。
歩道が狭いために追い抜けない。
「一声かけて通してもらおうか」。
「いやいや、言葉が通じない懸念がある」。
「そもそも歩行者を優先すべきやわなぁ」。
そう考え、「まぁ、ええわ」と脚を止め、スマートフォンを手に淀川の景色を写真に収めた。
「う~ん、景色は綺麗なんやけど、写真にするとなぁ…」。
何枚か撮ったが、どうもしっくりこない。
「まぁ、ええわ」。
俺はまた脚を回した。

淀川大橋を進む。
と、前にUber Eatsの配達員。
彼の後ろにつきクランクを回していると、Uberが急に右斜め前へと進路を変えた。
「え!?」。
目の前に、歩行者の後ろ姿。
急ブレーキ。
心臓が止まりそうになった。

橋を渡り終えると、野田。
車と信号と歩行者が視界に入る。
「ごちゃごちゃして大阪らしいなぁ」と感じ、また、大阪市内で生まれ育った俺には懐かしさを覚える。
ここは梅田や難波に比べると、これといったものがない下町。
ただ、阪神もJRも地下鉄も走っているので、大阪市内における要所のひとつなのだろう。

ちなみに、以前の俺は、通勤のために阪神野田(阪神電車の駅)と野田阪神(地下鉄の駅)を毎日のように利用していた。
ややこしい話だが、阪神野田で阪神電車を降り、ホームから死に物狂いで改札に駆け降りる。
そして、地下鉄への階段をまた駆け降りて野田阪神から地下鉄に乗る。
もし5秒でも遅れれば、会社に遅刻してしまう。
シビアな戦いを毎日繰り広げていたのだ。
今になって「ギリギリの勝負を重ねるぐらいなら、余裕を持って家を出たらええやんけ」と反省するが、「当時の自分には難しかった」とも思う。
遅刻ギリギリまで、1秒でも長く眠りたかったから。

終電に乗って帰ることができたらセーフ。
終電を逃しタクシーで帰ることも多かった、10年ほど前の生活。
何も、仕事の忙しさがピークに達した時だけ…ではなく、年がら年中、終電との戦いを繰り広げていた日々。
「銭金の問題ではなく、寝る時間と洗濯する時間が欲しい」と心の底から願っていた。

クランクを回しながら、「今の俺は幸せやなぁ」。
寝る時間も洗濯する時間も、趣味としてロードバイクに乗れる自分の時間もできた。
「今の俺は幸せやなぁ」。
野田を通り過ぎ、福島の551蓬莱にはもう間も無く着く。

つづく

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