(654)ロードバイクと共に三重県へ行こう~月明かりに照らされた夫婦岩を、俺はいつ目にしたのか?~

夫婦石。
大注連縄(おおしめなわ)で結ばれた、ふたつの岩。
小学校の修学旅行以来、約30年振りに訪れる。

俺の脳裏に焼き付く夫婦石のイメージは、月の光に彩られた夜の風景。
カッカッ…カッカッ…。
SPD-SLシューズで一歩、また一歩、「歩きにくいわ」と思いながらもまた一歩進んでいると、何か違和感を覚えた。
「夜?月?」。
「ほんまに小学校の修学旅行以来か?」。
「常識で考えて、晩、小学生に観光さすか?」。
おそらく、月明かりに照らされた夫婦石は、修学旅行で見た風景ではない。
絵葉書でも目にして、いつの間にか脳に刷り込まれた風景なのだろう。

カッカッ…カッカッ…。
考える。
本当に絵葉書か?
俺は夜に夫婦石を訪れていないか?
歩きつつも、思い出す作業を進める。

思い出した。
大学時代、レンタカーを借りて男4人で旅をした時だ。
名古屋から大阪に帰る途中、伊勢神宮(内宮)に寄ったが、既に真夜中。
警備員がうろうろしていたので、「入られへんのちゃうか?」と進路を変えて向かった先が、夫婦石だった。

男4人で夫婦石を眺め、うっとり…した記憶は無いが、当時、4人でよく遊んだ記憶はある。
飲みに行ったり、旅行したりと。
ただ、もう今では全員と付き合いは無い。
大学を卒業し、遠方で勤務することになった友人、何となく音信不通になった友人。
今は何をしているのかわからない。

ひとりだけ、Kという男とは5年ほど前まで付き合いはあったが、目の前に女性がいると、人(俺)を下げて自分を上げる醜悪な本性を現す(もともと自己顕示欲に支配されたタイプ)。
「こいつ、女が絡む飲み会やと、いちいち俺からマウント取りにきて、しょぼい自分をよく見せようとするよなぁ。捌くん面倒くさいわ」。
そう感じたことがあり、ふと、「こいつ、俺を出汁に使うということは、友達じゃないんやな」と判断。
縁を切った。
まぁ、この話をすると、2本か3本の記事になるぐらい長くなるので、今は書かない。

静けさが漂う、月明かりに照らされた夫婦石を見てから、もう20年以上経った。
あの時は夜中だったので、辺りには人がおらず、神聖な雰囲気を感じたが、この日は観光客がうじゃうじゃ。
まぁ、俺も観光客のひとりなのだが。

記事を書く中で、景色の写真を挿入する。
本当なら全て文字で表現したいところだが、俺の力量では難しく、写真に頼らなければならない部分もある。
そのため、走る度に、歩く度に足を止め、スマートフォンを構える…のだが、本音として「なるべく撮りたくないなぁ」。
特にそう思うのが、人と車が入った写真。
顔とナンバープレートをボカすのが面倒くさい。
この日も「頼むから、撮影範囲に入ってこんといてや」と念じながらシャッターボタンを押したが、俺ごときの念力ではどうしようもないことがある。

つづく

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