(740)意外に良かった鳴門徳島サイクリングロード-11

出社しては上司に怯え…ていると、いつの間にか夏が過ぎた。
出来損ないの俺は、不思議なことに何故かクビにはならず、次機種のプロジェクトに参加。
パソコンに向き合う窮屈な日々だが、自分の居場所を確保できたことに胸を撫で下ろした。

そんなある日のこと、休憩室で同僚のIくんが「ちょっとちょっと」。
「何?」。
愛嬌の塊のような顔を俺に向け、「krmくん、金貸してくれへん?」。
彼が趣味のパチスロで散財していることは、以前から知っていた。
また、給料日前になると、他の同僚に金を借りることも知っていた。
またまた、給料日には、出社すると同時に取り立てに合っていることも知っていた。
「こいつ、両さんみたいな奴やな」。
まぁ、他人事として処理していたが、俺にまで来たか。
「金、貸してくれへん?」が。

「で、いくら?」。
「2万」。
今、自分の財布の中にいくら入っているのか、何となく把握しているので、「2万はちょっときついな…」。
正直、そう思ったが、余裕があるところを見せたい見栄もある(今の俺には無いよ)。
財布から1万円札を2枚取り出し、「いつ返すつもり?」。
「来週。来週の給料日に」。
「わかった。利子は取らんから、返すまで俺のことを『神様』って呼べよ」。
「ありがとう!神様!」。

給料日。
昼休みにATMへ向かったIくんは、「krmくん、ありがとう」。
2万を持って俺の前に現れた。
が、また給料日前になると、「ちょっとちょっと」。
「何?」。
「金、貸してくれへん?」。
「いくら?」。
「2万で」。
給料日前は俺も余裕は無い。
ただ、見栄はある(今の俺には無い)。
「んじゃ、2万ね」。
1万円札を2枚渡し、「利子は取らんから、返すまで、俺のことを『天皇陛下』って呼べよ」。
「天皇陛下!ありがとう!」。

給料日となり、そして回収。
また給料日前になると金を貸す。
「『神様』って呼べよ」。
そんなことを繰り返していた、ある日。
休憩室で缶コーヒーを飲んでいると、頭の薄い主任が近付いてくるなり、「おう!お前、最近、えらなったらしいな!」。
俺は「?」だ。
続けて、「お前、神様らしいやんけ。おい、神様、これまでの数々のご無礼、すまなんだな」。
「あ…あぁ…。神様は細かいこと気にしないので、別にいいですよ…」。
以来、主任も俺を「神様」と呼んだ。

「どういうことや?」。
後になって分かったが、Iくんは忘年会の幹事に任命されていた。
彼は任務を果たそうと、従業員それぞれにとって都合の良い日時を纏めたリストを作成。
主任に提出した…が、「何や?何者や?」。
リストに目を通した主任は、名前の一覧に「神様」の文字を見付ける。
「何や?何者や?」。
そして、体制表と照らし合わせ、神様の正体を突き止めた。
神様は俺だった。

当時、Iくんはひとりで小難しい作業、他人のあまりやりたがらない作業を担当していた。
俺は「レベル的にちょっとしんどいんちゃうの?」と思っていたが、彼を気に入っている上司が、「Iくんのようなバイタリティー溢れる人にしてもらいたい」。
みんなの前でそう宣言し、指名したのだ。
予想通り、しばらくしてIくんは匙を投げ、「担当者をもうひとり増やして下さい!」。
「誰がいい?」。
「krmくんで!」。
率直に、「何で俺やねん?」と思った。
また、「勘弁してくれよ…」とも。
作業ボリュームが倍近くなるではないか。

それまで抱えていた作業と平行し、Iくんとの小難しい作業も進める。
毎日、毎日忙しい。
同僚と冗談を言っている時間も徐々に減り、ひたすら作業に向き合う。
と、上司に怯えている場合でもなくなり、上司のことなどどうでもよくなってきた。

午前中、本来、自分が座るべき席のある作業部屋で作業し、午後からはIくんとシミュレーターのある狭い部屋に移動する。
その際、「昼飯食おか」と製作所から抜け出し、近隣の中華屋やランチ営業している居酒屋へと向かった。
製作所にある食堂のまずい飯を食わず、世間における当たり前の味を食べられることに、ふたりは喜んだ。

暗くなってから、また自分の作業部屋に戻り、もともと抱えていた作業を処理。
時計に目を向けると、22時過ぎ。
「疲れたわぁ」と、帰る用意をして、一応、上司に「お疲れ様です」。
そう挨拶すると、「お疲れ様」。
上司が俺に目を合わせてくれた。

バタバタした日常は続く。
朝、くたくたになって出勤し、朝礼の後、パソコンを起動。
作業に着手していると、「おい、krm」。
近くの席に座る上司が声を掛けてきた。
「お前、クジラのニュース、知ってるか?」。
確か、どこかの海岸で珍しいクジラの死骸が打ち上げられた…とか何とか、中途半端には知っている。
「はぁ、まぁ」。
「ちょっと来い。こっち来い」。
「はい」。
パソコンの画面には、変わった頭のクジラ画像。
「これやぞ、これ」。
「はぁ」。
申し訳無いが、俺はクジラに興味は無い。
全く。
ただ、今まで俺を無視し続けていた上司が、俺に世間話を振ってきたことに、何とも言えない感覚に陥った。

「弥勒菩薩様さぁ、今日はどうしたん?何かあったん?」。
「え、いや、何も無いよ」。
Iくんとふたりで中華定食を食いながら、俺は上司のことを考えていた。
仕事を始めたはがりの「クソ生意気なガキ」でしか無い俺を、上司は邪険に扱ったが、今は違う。
仕事と向き合うことで、認めてくれたのだろう。
上司は、ずっと俺を見てくれていたのだ。
熱いものが込み上げてくる。
「弥勒菩薩様さぁ、今日はどうしたん?女にフラれた?」。

仕事は忙しかったが、たまに早く帰る機会があれば、Iくんや他の同僚と飲みに行ったり、ゲーセンに寄ったり。
職場では上司との良好な関係は続き、××製作所での毎日は良い形に変わった。
が、一緒に働いて2年ちょっと過ぎた時、Iくんは突然消える。

つづく

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