(741)意外に良かった鳴門徳島サイクリングロード-12

「初めまして。Yです。宜しくお願いします。私は…」。
朝礼の後、3人の女性が、ひとりひとり簡単な挨拶を始めた。
俺が所属する15人程度の携帯電話評価チームは、段階的に増員を図り、気付けば約20人。
男ばかり20人…だったが、このむさ苦しい環境に来たのだ。
ついに。
女性が一気に3人も。

彼女たちは、大手派遣会社の人材で、Yさんは30過ぎ。
他の2人は、短大を卒業したばかりか?
随分と若く、今風のルックスに感じられる。
まぁ、一方的なことを言わせてもらうと、3人とも、好きなタイプかどうか…という点では、グッとくるものは無かった。
しかし…だ。
男とばかり接する日常において、おかん以外の異性が視界に入ってくれるのは嬉しい。

と、「ちょっと、教皇、教皇」。
同僚のIくんだ。
「教皇、明々後日、早く仕事終われるように段取りしといて」。
「何かすんの?みんなでゲーセン寄ってガンダム?」。
「違うよ」。
彼はニヤニヤしながら、「新人歓迎会するから」。

「なるほど、Iくんらしいな」。
彼は職場のムードメーカー。
新人歓迎会を企画するとは、本当に「Iくんらしいな」だ。
ただ、違和感も覚える。
それまでにも何人かの新人が入ってきた。
しかし、歓迎会などしたことが無い。
まぁ、我々は下請け会社の社員と、さらに下の契約社員(俺の位置)と派遣会社の人材で構成されている。
結局、数ヶ月のプロジェクト期間中だけのお付き合い…が大前提だ。
人が入れ替わる度に、歓迎会や送別会などいちいちやってられない。

が、今回はある。
歓迎会がある。
何故か?
おそらく、「新人が女性だから」だろう。
女性が入ってきたから歓迎会をする。
うん、気持ちは分かる。
ただ、「男の新人はスルーで、女性は歓迎会…やと、下心が露骨すぎひんか?」。
俺は抵抗を感じ、「行けたら行くわ」。
Iくんにそう伝えた。

新人歓迎会の翌日、上司は朝から機嫌が悪く、朝礼の際、怒りを抑えるようにこう言った。
「Yさんは、本人の希望で辞めることになりました」と。
前日、無理に残業をし、歓迎会には顔を出さなかった俺からすると、「え?」だ。
朝礼が終わり作業に取り掛かるも、「昨日、何かあったんかな?」。
少し引っかかる。
と、上司からのメール。

メールの内容は、「この職場に新しい風が吹けば…と思い、派遣会社より女性を迎え入れました」から始まった。
「ほんで、ほんで」。
注意深く読み進める。
「昨日、ある者の提案で歓迎会を開いたそうですが、新人のうちYさんだけが呼ばれなかったそうです」。
「それにより彼女は傷付き、『もうここには出勤したくない』と」。
「今朝、派遣会社の営業の方より、そう連絡が入りました」。

「あぁ…」。
椅子にもたれかかり、「そんなことがあったんか…」。
Yさんが数日で辞めるに至った経緯を理解。
ちなみに、彼女と俺の接点は、休憩室で少し話した程度。
みんなの前で、「私、何歳に見えますー?」。
気持ち良さそうに質問を投げ掛けるYさん。
俺は「普通に30過ぎやな」と思った。
また、他の女性2人(20代前半)がいる中で、「この中で30代が1人います。誰でしょう?」。
気持ち良さそうに質問を投げ掛けるYさん。
「お前しかおらんやろ!」と返したくなった。
おそらく、俺だけではないだろう。
「この人、勘違いしたおばさんやな」という印象を受けたのは。

「多分、Iくんは『面倒くさいおばさん』と思って、Yさんを歓迎会に呼べへんかったんやろなぁ」。
何となく想像がつく。
「だからと言って呼ばない…は、幼稚やなぁ」。
当時、Iくん及びその他の参加者は20代前半~半ば。
幼すぎた。
まぁ、「仕方無いよなぁ」という気もするが、Yさんからすればたまったもんではないだろう。
新人である自分が呼ばれない、新人歓迎会があったとは。
彼女は二度と職場に現れず、また、この件を境に、上司はIくんを可愛がらなくなった(気がする)。

「Iくんは、欠勤です」。
朝礼で上司にそう伝えられる日が、ぽつぽつと増えた。
月に1回、または2回。
 Iくんは、風邪をひいたり葬式に出たり…で、欠勤。
誰の目から見ても、「お前、そんな虚弱体質ちゃうやろ?」だし、「どれだけ不可抗力が多いねん?」だ。
本当は分かっている。
みんな分かっている。
彼は、朝からパチスロを打っているのだ。

俺にとって実害の無い日は、「あっそ」。
いくらさぼってくれてもいい。
ただ、ふたりで担当する作業のある日は、「勘弁してくれよ…」だ。
そもそも、彼がひとりですべき作業の手伝いに俺が駆り出されている。
「お前がおらんかったら、俺、アホらしなるやんけ…」。
複雑な心境にもなったが、翌日、Iくんに「昨日はごめんな」。
愛嬌ある顔でそう言われると、「しゃーないな」。
許してしまう。
まぁ、後になって考えると、それはIくんにとってプラスに作用していなかった。
愛嬌に翻弄され、俺も同僚も彼を許し続けたことは、結果的に彼を勘違いさせたのかも知れない。

大学を卒業して初めてのプロジェクトを終え、正直、大した実績を上げることも出来なかった俺だが、何故か契約は延長。
次のプロジェクトへ。
また、それも無事に終えて、次のプロジェクトへ。
新たなプロジェクトが始まる度に、我々が試験する携帯電話には様々な機能が増え、「今の人数じゃ、手に負えないな」と更なる増員。
約50人となった。
俺も、また俺と同時期に入った連中も、自分の担当する作業とは別に、新人に作業を教えることも仕事のひとつに。
そんな中、Iくんは自分の作業のみ対応。
おそらく、「いつ来るか分からんやつに新人を付けることなんかでけへんわ」。
上はそう判断したのだろう。

「ムードメーカーなんはええけどな、仕事面で、Iくん、置いてきぼりになるで」。
彼に忠告すべきだった。
が、できなかった。
彼と話している時、その笑顔を見ると、「きっついこと言われへんよなぁ。明るい話だけしよう」という気分になってしまい。

俺も同僚も多忙な日々を過ごしていたが、最低限の正月休みは確保。
そして、「あー、だっる」。
休み明けに出社すると、「krmくん、これ」。
Iくんが、小さな箱を差し出してきた。
「何、これ?」。
休み中、徳島の実家に帰った際、俺に土産を買ったらしい。
率直に、「お前、だいぶ分かってきたやんけ」と思った。
また、「俺に金借りたり、仕事で迷惑掛けてること、一応は悪いと受け止めてるんやな」。
ちょっと見直した。

自分にとって、また、我々チームにとって、3つ目のプロジェクトが終わり、また次の、そして次の、更に次の…。
その都度、端末の機能は増え、増員することで人数も増え、でも、楽にはならない毎日。
そんなある日のこと。
「だっるー」と思いながら、朝礼での上司の話を聞いていると、「え…」。
かなり衝撃的な話を伝えられ、絶望を覚えた。
「最悪すぎる…」。
俺だけではなく、全員が意気消沈しただろう。

「地獄が続く…」。
心の中で頭を抱えつつ、パソコンに向き合い、作業を始める。
「えらいことになった…」。
作業に集中できない。
俺は席を立ち、休憩室に向かった。

「krmくん、お疲れー」。
いつも通りの陽気な声。
「お」。
振り向くと、ゆったりとソファーに座り、煙草を吸うIくん。
俺は彼の隣に座り、「おう。ほんま、やばいことになったよなぁ」。
我々が直面した深刻な問題。
頭の中がそれに支配されていた俺は、彼との別れがすぐそこまで来ているなど、思いもよらなかった。

その日、俺の作業効率は極めて悪かったと思う。
何となくキーボードを叩いていただけ…のくせに「疲れたわぁ」。
ふと時計に目をやると、10時過ぎ。
「もうええかぁ。帰ろ」。

コートのポケットに手を入れ、住宅街を小走りに進む。
タイミング良く電車に乗れるかも知れない。
と、胸ポケットに入れた携帯が振動。
走りながら取り出すと、Iくんからの着信。
「悪いな。今、出られへんねん」。
心の中でそう呟き、駅に向かった。

「セーフ…。よくやった…」。
つり革にぶら下がりつつ、自分の努力を称える。
と、また胸ポケットに振動。
携帯を取り出すと、Iくんからの着信。
「ごめんな。今、電車の中やから」。
心の中でそう呟き、俺は電車に揺られた。

乗換駅で降りる。
そして、次の電車が来るまでの間に…と、Iくんに電話。
「お疲れ。どうしたん?」。
「神様、俺、もうやってられへんわ!あいつにキレたった!」。
強大な怒りのパワーが、電波に乗って飛んできた。

つづく

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コメント

  1. トマジ より:

    あかん、続きが気になって仕方ない…。

    • krm より:

      気になってもらえるのは、書く側として嬉しいですねぇ。
      で、Iくんの話は、次回で最終回になります。
      本当は、今回、無理矢理にでも最後まで書こうと思っていたのですが。