(742)意外に良かった鳴門徳島サイクリングロード-13

乗換駅のホーム。
乗る予定の電車が到着した。
が、見送る。
携帯電話の向こうで怒り狂う、Iくんの話を聞かなければならない。
「神様、聞いてや。俺なぁ、ほんま腹立って、あいつに言うたったわ!」。
「あいつ?あいつって誰なん?」。
「××(上司)や!」。
彼が怒っている理由は、何となく予想できた。

時間を少し戻す。
雨が降りそうで降らない。
この日は朝から不穏な空気が感じられ、そして最悪の1日となった。

「出荷は延期しました」。
朝礼で上司からその言葉を聞き、今後のスケジュールについて指示を受ける。
が、話など耳に入ってこない。

「出荷は延期しました…」。
「出荷は延期しました…」。
「しました延期は出荷…」。
かなり精神的ダメージのでかい一言で、普通に「死にたい…」という心境に陥る。

と言うのも、この時、我々が担当したプロジェクトは、前半から過酷すぎた。
定時に帰ることなどあり得ない。
早くて22時。
土日のうち、どちらか休めればラッキー。
まぁ、その点に関しては、「今までのプロジェクトと一緒。常識」と諦めていたが、「緊急リリースです」の連絡があると、急に作業が舞い込み、帰るに帰れない。
急に呼び出されることもある。
現場は、24時間営業。

我々の仕事は、携帯電話のソフトウェア評価。
試作機をパソコンに繋ぎ、試験する。
バクがあれば報告し、開発チームの方で改修。
改修されたソフトは、スケジュール通りにリリースされ、こちらは改修されていることをチェックする。
ただ、納期が迫ってくると、予定外の緊急リリースが連発し、「また同じ作業するん…?」。
絶望的な気分になる…わけだが、この時のプロジェクトは、かなり早い段階から緊急リリースが重なり、我々は心身とも不健康に…。

仕事の後、家に帰る電車の中で「緊急リリースやから」と呼び出しを食らうこともあれば、休日も「やっぱりな…。会社から電話や…」。
「俺を殺す気か…?」。
約半年間、仕事に支配された毎日を送ると、泣き言も言いたくなる。
しかし…だ。
俺には、我々には、ひとつだけ希望の光があった。
それは、出荷日。
担当している携帯電話さえリリースされれば、プロジェクトは終わり、地獄の日々から解放される。
もう、ゴールは見えているのだ。

が、ゴールは動いてしまった。
「出荷は延期しました」。
プロジェクトは続く。
地獄が続く。
俺は、やりきれない気持ちでパソコンに向かい、作業に取り掛かる。
「最悪や…」。
「ほんま、最悪や…」。
やりきれないのは、俺ひとりではない。
夕方、同僚の女性Mさんは、休憩室で号泣した。

ホームからゆっくりと走り始める電車に目を向けながら思う。
「出荷が延期になって、かったるい日々が続くことにIくんもイライラ…で、上司に文句言ったんやろなぁ」。
「でもなぁ、それは筋違いやで」。
出荷延期は、上司のせいでもなければ、我々を開発に携わらせてくれたメーカーの責任でもない。

ちょっとややこしい話になるので、整理して書く。
我々が携わっている携帯電話は、メーカーAの製品。
某キャリア(DOCOMOとかauとかね)から市場に送り出す、メーカーAの製品。
某キャリアは、春夏モデルとして、メーカーAのみ…ではなく、メーカーB、C、D、F、G…の携帯電話を全国の携帯ショップに並べたい。
全メーカーの携帯電話を、「同じ日に」だ。

当然、各メーカーはキャリアから指定された日に出荷できるよう動く。
ただ、あるメーカーが「無理です」と。
仮にメーカーXとしておこう。
糞メーカーXが出荷を遅らせることによって、我々の出荷も延期となり、そしてプロジェクトは続く。
地獄が続く。
俺は、この糞メーカーXの製品を絶対に買わないと誓った。

話を戻す。
「出荷が延期になってな、生きた心地がせえへん日々が続くことになったんは、上司の責任とちゃうで」。
Iくんにそう言おうとしたが、「ちょっと待てよ」。
現場がどれだけバタバタしようとも、彼はマイペースに仮病を使い、朝からパチンコ屋に並ぶ。
現場の状況など関係無い。
なら、何が原因で上司に喧嘩を売ったのか?

「Iくん、何があったん?」。
「神様が帰ってからのことやわ。休憩室で煙草吸ってたら、××(上司)も休憩室に来たんや」。
「そんで?」。
「でな、疲れてたから、『あー、だっるいわぁ』って言うてん」。
全員がダルくピリピリしている状況で、その言葉を発した彼はただ者ではない。
「じゃあな、あいつ(上司)が『お前は帰ったらええ!』言うから、『はい、帰ります!』って返したんや」。
「え…」。
「その後にな、『明日から来んでええぞ!』言うてきたから、『はい、明日から来ませんよ!』言うたった」。

正直、「これはやばいな」と思った。
以前は、何をしても愛嬌で許されていたIくんだが、もうこの時は、上司にとって「ただのだらしない奴」になっていた(と思う)。

「Iくんな、上司に謝った方がええで。今から電話するなり、明日の朝、顔を合わせて直接言うなりして」。
「それはでけへんわ!」。
「落ち着こうや。自分な、素行がめっちゃ悪いやん。それでも使ってくれた上司に感謝すべきやと思うで」。
「いや、神様は知らんだけや。俺はあいつから鬱陶しいこと、いっぱい言われてきたんや」。
まぁ、俺からすると、「鬱陶しいこと言われ続けてきた原因は、お前にあるんやろ?」だが…。

「とりあえずな、一度、頭を冷やそうや。それから上司に連絡しよう」。
「嫌やってー。もう辞めるって決めたし」。
「そう言わんと。今晩ゆっくり考えて、また明日の朝、作業部屋で会おうや」。

翌日、Iくんは出勤しなかった。
「パチスロか?そのとも、マジで辞めるつもりか?」。
気になったので、休憩中、彼に電話を掛けると、「辞めたよ」。
上との話も済んだらしい。

10日ほど経ち、2回目の出荷日を迎える。
「出荷は延期しました」は無く、プロジェクトが終わり、自由を手に入れた。
そんな時、Iくんを身近に感じる数人で、彼の送別会を開くことに。
みんなで酒を飲みながら、「Iくん、これからどうすんの?」。
聞いてみる。
「あぁ、辞めた話をなぁ、親にしたら激怒されてなぁ、『こっち(徳島)に帰って来い!こっちで仕事しろ!』って言われて、もう実家に帰るねん」。
彼の顔を見たのは、この日が最後となった。

「よっこらしょ」。
サドルに跨がり、クランクを回す。
まだ、鳴門徳島サイクリングロードの半分も進んでいない。

景色を眺めながら、「ちょっと待てよ」。
ふと思った。
俺は、Nさん(50代男性真鯛釣りが好きな人)に連れられて鳴門にいる。
そして、鳴門を走っている。
鳴門は徳島県だ。
何かの拍子に、Iくんと再会するかも知れない。

「もし、Iくんに会ったらどうしよう?何て声を掛けよう?」。
念のため、シミュレーションしておこう。
「Iくん、めっちゃ久し振りやん!元気にしてた?」と言いつつ、彼に近付き握手。
手は絶対に離さない。
そして、こう言うのだ。
「2万、貸したままやぞ。20にして返せとは言わん。ただ、せめて10にして返せ。とりあえず、一緒にATM行こか?」。

つづく

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