(161)やっと、尾道に行く。呉にも行く。

6月24日の朝から、広島県に行く。
2泊3日の旅だ。
この記事は、予約投稿しているので、あなたの目に触れる時には、俺自身、既に広島にいるだろう。

「尾道を旅したい」と綴ったのは、3月だったか4月だったか。
休みが取れたし、記事も100回まできたので、「ブログも休んで自転車旅行をしよう」と目論んでいたのだが、いろいろと事情があり、旅はできなかった。
「無理矢理、今日行ったろか」と思った日もあったが、天候の問題もあったり。

ところが、絶好のタイミングで広島へ行く機会を得た。
正確には、広島県の呉市と尾道市を旅する予定だ。
誘ってくれたのは、Mさんという老人。

5年ほど前、馴染みの蕎麦屋で飲み食いしていたら、隣に座っていたおっちゃんと話が弾んだ。
そのおっちゃんが、Mさん。
俺からすると、親ぐらいの年齢だ。
しかも、俺と同じ大学に通っていたという。
社会に出て初めて出会った、同じ大学の先輩だった。
低偏差値ブラザーズ、ここに結成。

「何の仕事してるんですか?」と聞くと、Mさんは、俺の家の近所で飲食店を経営しているとのこと。
ちょくちょく飲みに行くうちに、やがて友達付き合いするようになった。
たまに、飲みに誘ったり、また、飲みに誘ってもらえたり。

酒が入ると、70前のおっちゃんなので、昔話をよく語られる。
Mさんは、昭和25年に広島の呉で生まれ、中学生になって大阪に引っ越し、職を転々とした後、自営業として一発当て、今に至る。
そう、今、ホットな呉出身。
「この世界の片隅に」の舞台になった呉である。
そんな経緯があるからか、酒が入ると、呉にいた頃の話を長々とする。

時代的に、戦争の影響があるため、なかなか複雑な話だ。
小学校に行けば、進駐軍との混血の子がいたり、広島市内で被爆した親から生まれた近所の子供が、まだ小さいのに白血病で亡くなったり。
終戦から30年は経ち、大阪で生まれ育った俺には、身近に感じにくい話である。

勿論、俺と呉の関係は、Mさんほど深くない。
一度、旅行で寄った程度。
スケジュール的に、厳しかった。
大和ミュージアムに行っただけで、呉の街を歩き、飲み食いしたわけではない。
後々、悔やんだ。

Mさんは、年齢的に、もう終活を考えていて、肉体的な衰えも日々感じているのだろう。
今も呉に住む親戚の家に、車で行くのは今回で最後になると言っている。
そこで、俺を誘ってきた。
Mさん、よくわかってる。
その判断は、正しい。

Mさんの車に俺とロードバイクを乗せ、途中で俺とロードを切り離す。
俺はロードで呉を目指し、後で再会。
そして、ふたりで飲む。
帰りも、俺は尾道をロードで走って堪能し、Mさんが迎えに来て、一緒に西宮市に帰りましょう、という段取りだ。

もう、この記事を書いてるだけで、手が震えてくる。
楽しみすぎる。
盆と正月がいっぺんに来たみたいだ。

とか言いながらも、不安もある。
俺は車酔いが激しいのだ。
その上、Mさんの車は、スカイライン?
R-32?
GTR?
車に興味も無ければ、免許も無い俺には、その値打ちがわからないが、乗り心地が極めて悪い。
何度か乗せてもらったが、怖いと感じたこともある。
また、「あんな狭い車に、ロードを積めるのかな?」という不安もある。

「楽しみだが、先が思いやられるな」と思いながらも、旅の準備をしている合間に、この記事を書いている。

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