(1050)ロードバイクに乗って泉州を走る、墓参りライド~脳内~

不快すぎる。
高石市を南へ進み、泉大津を経て忠岡町に入ったが、かなり不快すぎる。
信号と信号の間隔が短く、少し走っては赤信号、少し走っては赤信号を繰り返し、走った気分にならない。
また、進んでいる…という実感も無い。

信号が青に変わり、「うぉーー!」。
気合いを入れてクランクを回し始めるが、先に見える信号は赤に…。
また、信号が青に変わり、脚を回す。
「あの信号が青のうちに渡ったる!」
必死になったところで、俺が近付くと何故か赤に…。
正直、「もうええやろ…」だ。
うんざりしてきた。

この日のゴールは泉佐野。
距離は、あと10㎞ちょっと。
イライラしながらも、10㎞ちょっと我慢すればいい。
「おい、またか?俺が近付いたら赤になる。これで何回目や?クソが」
「基本的におちょくってるよな?基本的に、俺のこと、おちょくってるよな?」
そんな不快感を覚えながらも、あと少し我慢すればいい。

が、ふと疑問を抱く。
ロードバイクで走る意味。
それは、達成感やスピード感に酔うこと。
快適なライドを満喫すること。
「ほんま、その通りやわ」と思う。
しかし、俺を取り巻く現実のライドは不快でしかない。
道は狭く、信号地獄にはまり、ただただ不快でしかない。

南へ進めば進むほど、道は更に狭くなり、信号連発。
更に、車道の左端はガタガタになる。
そう、俺は知っている。
墓参りの度に走った道だ。
進めば進むほど、不快になるのだ。

「向き合いたくない現実と、どう向き合えばよいか?」
信号待ちの間、深く考えたところ、「向き合わない」との答えが出た。
「あと10㎞ちょっとでも、走るんはここまででええやろ」
「うん、輪行しよかぁ」
おそらく、近くに南海電車が走っている。
南海の適当な駅まで走り、ロードを輪行バッグに収納して電車に乗ればいい。

しかし…だ。
読者にとってクソの役にも立たないが、一応、ロードバイクブログを書く俺が、途中でライドを放棄するのはどうか…とも思う。
そうだ。
ここはひとつ、気乗りはしなくても走り続けるべき。
信号連発でストレスは溜まるが、その経験を含めた記事を書けばいい。

が、一方で「ちょっと待てよ」と思う。
これまで、不快なライドの経験は、記事に落とし込む際、不快な気分になる。
不快な気分で記事を書くことになる。
となると、面白い記事など書けない。
そう、不快なライドの記事は面白くない。

とは言いつつも、またもう一方で思う。
「逆に、快適なライドの記事は面白い記事やったか?」
「今まで経験した快適なライドの記事は、面白い記事やったと言えるか?」
「そもそも、面白い記事を書いたことが一度でもあるんか?」
何だろう?
自分に詰められている感覚。
「おい、これは面白いですよって記事を3つでも挙げることができるか?」
その答えを求めながら、俺はクランクを回し続けた。

つづく

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