(859)負の連鎖~ロードバイクに乗れない2日目~

2日目

「とりあえずですね、今回のプロジェクトは終わりで、自分の担当分は問題無し…という認識でいいですかね?」
取引先の担当者と電話で話しながら、右目を窓の外に向ける。
すぅーと横切る小さな光が、5つか6つ。
塾から帰る子供たちの自転車だろうか。

「はい…、はい…。そうですか。無事に納品を終えてほっとしました。え?また飲みに?いいですねぇ。行きましょうよ!」
パソコンの電源を落とし、意味も無く屈伸を数回。
仕事から解放された喜びを、全身に感じる俺。

「OK」
相変わらず左目は充血し、時折、涙を流すが、もういい。
担当していたプロジェクトを無事に終え、2日間の休みを得た。
明日と明後日、俺は働かなくていいのだ。
左目など、もうどうでもいい。

「さぁ、帰ろかぁ」
バックパックのストラップに手を通しつつ、事務所の隅に目をやると、いつも置いているロードバイクは無い。
片目で走るのは危ないため、今日も徒歩で通勤した。
「俺、お疲れ様」
電気を消し、事務所から出る。

薄暗い廊下。
「隣の○○商事も××屋も、もう帰ったんかぁ…」
「下の階も上の階もか…」
どうやら、うちの事務所が入るビルにおいて、最後まで残っていたのは俺…らしい。

「前、見えへん…」
非常灯の薄気味悪い光に照らされながら、一段、一段、ゆっくりと階段を降りる。
「気のせいか…?何か出そうやな…」
「いや、大丈夫や。経験上、このビルにはお化けは出ない。大丈夫や」
自分を鼓舞する。
と、「うっわ!」。
踊り場で膝をつく俺。

「何やねん…?何が起こってん…?」
考える。
階段を降り終えたつもりでいたが、実際にはもう一段あった。
使い物にならない左目と、辺りの電気が消えているせいで、俺はそれに気付かなかった。
そして、左足を出したところ、「あら?」。
バランスを崩してひっくり返った…と。

「あっ!そんなもん、どうでもええ!服、破れてへんか!?」
ビルを出て、自販機の前で肘や膝を確認。
穴は開いていなかった。
「OK」
体の方は、左足首を捻ったようで、痛みは無いが少しの違和感。
「まぁ、大丈夫やろ」
「帰ろ、帰ろ」

明日、明後日と仕事は休みだ。
本当は飲み屋に寄りたいところだが、まん防のため、どこも閉まっている。
仕方無く、真っ直ぐ家に帰る。

玄関を開け、部屋の隅に敷かれた布団の上で胡座をかき、「疲れたわぁ…」。
一瞬、そのまま眠りそうになったが、ダメだ。
着替えなくてはならない。
近所のスーパーで買った安物のトレーナーに袖を通す。
と、急に寒気を感じた。
「まさか…、風邪か?」
近所のスーパーで買った安物のトレーナーを、もう1枚重ねて着る。
「せっかくの休みやのに、風邪は嫌やで…」
「暖かくして寝なあかんな」
近所のスーパーで買った安物のトレーナーを、更にもう1枚重ねて着る。
そして、寝た。

次の日、俺は地獄と向き合うことになる。

つづく

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コメント

  1. トマニョーロ より:

    この短い中に伏線がてんこ盛りで気になって仕方ないです。