(155)読者のあなたへ。彩りの無いブログで申し訳ないです。-3

会社=地獄。
生きていることが苦痛でしかない、20代後半の俺。
携帯電話のソフト開発と向き合い、不眠症になり鬱になり、結果的には、会社を去るバッドエンドにひたすら突き進む。
それでも、俺にとって、携帯の仕事は、自分の存在意義だった。

移動通信機。
今では、主にiPhoneしか注目されない時代になったが、以前はガラケー全盛で、古くはDOCOMOの50シリーズ、90シリーズは、世間から注目を集めていた。
デジタル家電を中心に掲載する雑誌においても、DOCOMOの高機能モデルは、扱いが特に良かったと思う。

ドツボにはまった日々を送る、当時の俺が担当していたプロジェクトは、ある大手メーカーのDOCOMO、しかも90シリーズの機種。
日々の作業において、散々苦しめられたが、「それが報われた」と感じられた場面に巡り会う。

プロジェクトがとりあえず終わり、休暇が取れた。
ある平日に休めたので、溜まっていた洗濯を朝っぱらから処理し、梅田に出かけた。
ぶらぶら歩いていると、ヨドバシ梅田の前で、長蛇の列を目撃する。
「何やろ?」と思い、観察すると、プラカードを持った店員が目に入り、それを読んで驚いた。
「え、この並んでる人らって…、俺が担当した機種を買い求めてる人たちやわ」。
俺は、プロジェクトリーダーでも何でもなく、ひとりの作業員でしかない。
携帯でワンセグを視聴するために、本当に微々たる働きをしただけだが、「こんなに人気がある機種を、俺は担当したんだ」と、身体が打ち震えた。

社会に出て、初めて触れた仕事が、携帯電話の評価業務。
ソフトの試験だった。
担当した某メーカーの携帯電話は、J-PHONEの端末で、世間にはあまり注目されず、即消えた(確か、リコールが出た)。
J-PHONEは、SHARP1強の時代に入っており、その後も、俺はSHARPではない某メーカーのJ-PHONE端末を担当したが、「バカ売れ」という評判は、一度も聞かなかった。

それに比べ、DOCOMOの90系の開発業務に携わり、その機種が、多くのユーザーに求められていた現実を目の当たりにし、俺は本気で思った。
「仕事が苦しくても、向き合おう。俺の僅かな力が、会ったこともない多くのユーザーに喜ばれている」と。

しょぼい設計書を書いては何度も訂正し、先輩に長時間詰められて、日々、大概苦しんだが、「報われた」と感じた経験。
人間としての、健康で文化的な最低限の生活が保障されない中で、俺なりに誇りを持つことができた。
冴えない日々の中で、「俺は世間から注目されている携帯電話のソフト開発に携わっているんだ」という自負が、唯一の心の拠り所になった。

だが、しばらくして、心境は変わる。
「拠り所に、価値は無かった」と。
あれは、忘れもしない。
伊勢神宮にお参りした日のことだ。

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