(782)近鉄奈良線難波行き急行の車内で。

先月のこと。
生駒山にある宝山寺にお参りした後、「難波に寄って、酒飲んで帰ろかぁ」と、近鉄生駒駅へ向かった。
スマートフォンアプリ「乗換ナビ」によると、小走りで進めば、待ち時間無く難波行きの急行に乗れる…と。
「GOや」
大急ぎで切符を買い、ホームを駆け抜ける。

先頭車両に乗り込むと、空いてる席がちらほら。
立っている乗客もちらほら。
「う~ん、座れんことないけど、難波まで20分ちょっとや。立っとこ」
扉にもたれかかる俺。

電車は生駒トンネルを抜け、「電波、入ったな」。
スマートフォンで、どうでもいい記事を流し読み。
と、近くで大きな声。
「大丈夫ですよ!上本町にはね、この電車をね…」
スマホから目を離し、声がする方に顔を向ける。

「この電車に乗ってたらね、上本町に着きますからね!僕は鶴橋で降ります!その次が上本町!僕が降りた次の駅ですからね!」
声の主は、帽子を被っているため分かりにくかったが、おそらく20代半ば。
兄ちゃん。
隣に座る知らないおばあちゃんに、上本町への行き方を聞かれ、教えてあげているのだろう。
ちなみに、兄ちゃんが大きな声で説明するのは、おばあちゃんの耳が遠いから…だと思われる。

「分かりました。教えてくれて有り難うございます」
首を縦に振りながら、礼を言うおばあちゃん。
物腰が柔らかい。
さて、俺はまたスマホに目を向ける。
と、しばらくして、「大丈夫ですからね!」。
「この電車に乗っていたら、上本町に着きますよ!僕は鶴橋で降ります。僕が降りた駅の、次が上本町ですからね!」
「分かりました。有り難うございます」
同じシーンを、ついさっき見たような…。

電車のスピードが落ちる。
徐行区間に入ったようだ。
が、そこで、おばあちゃんがふらっと立ち上がり、「上本町やろか?」。
「上本町はまだですよ!この後、僕は鶴橋で降りるので、僕が降りた次の駅…が上本町ですよ!まだですからね!」
兄ちゃんの声は大きいが、刺々しくない。
優しさを感じる。
本当に、親切な青年だ。
俺は、まるで自分を見ているような気分になった。

「それにしても、大丈夫か…?」
近鉄の上本町という駅は、奈良線だけではなく、他の路線も走っている。
また、すぐ近くに地下鉄の駅もある。
もしも…、おばあちゃんが上本町に着いた後、目的地まで乗り換えが発生した場合、今の調子で大丈夫だろうか?
関係の無い俺まで心配になってきた。

電車のスピードはさらに落ち、停車。
布施駅。
と、「上本町やろか?」。
すくっと立ち上がり、キョロキョロ…キョロキョロ…。
辺りを見回すおばあちゃん。
吉本新喜劇なら、兄ちゃんが「ええ加減にせえ!」とおばあちゃんの頭をはたき、おばあちゃんが「三途の川や~」という流れになるが、現実は違う。
「まだですよ!上本町はまだですよ!この後、鶴橋に着きます!鶴橋に着いたら、僕は降ります!その次の駅が上本町ですからね!」

「この光景を見たのは、何度目やろか?」
そんなことを考えつつも、やはりおばあちゃんが気になる。
「この人、レベル的に、ひとりで電車乗せたらあかんで」と思う。
率直に。
なら、現実として、何故、ひとりで電車に乗っているのか?
家族は止めなかったのだろうか?
まさか、老人ホームを抜け出した…というパターン?
トータルで心配だ。

窓の外に流れる、大阪の下町。
ゆっくり、ゆっくりと電車はスピードを落とし、停車。
鶴橋駅。
「この次ですからね!上本町は、次ですからね!」
「はい、分かりました。有り難うございます」
電車を降りる兄ちゃん。
彼の背中に、「お疲れ様でした」と声を掛けたい(心の中で)。

「あと一駅や。さすがに大丈夫やろ」
扉にもたれかかり、目を閉じる。
妙な疲労感を覚えて。

数秒後、目を開ける。
と、「え?おらん…」。
座席に、おばあちゃんの姿が無い。
間違って電車を降りたのだろうか?
ここはまだ鶴橋なのに。

開いている方の扉に向かい、顔を出す。
そして、ホームを見渡し、おばあちゃんを探す。
「あ、おった!」
運転士と話しているおばあちゃん。
おそらく、上本町までこの電車でいいか確認を取っているのだろう。

しばらくして、おばあちゃんは席に戻り、出発進行。
電車は、上本町へと向かった。
「それにしても…」
扉にもたれながら考える。
何度も何度も、繰り返し繰り返し説明されたところで理解できないのは、高齢による脳の劣化が原因か?
いや、確かにそれもあるだろうが、不安で不安で仕方が無い精神状態のため、何度も確認を取る。
そんな面もあるのだろう。
まぁ、いずれにしても、今の俺には分からないが、数十年後、嫌でも経験するはずだ。
俺自身も。

電車は地下に潜り、スピードを落とす。
間も無く、上本町駅。
「上本町に着きますよ」
知らない女性(40代~50代?)が、おばあちゃんに話し掛けた。
ちなみに、この話の登場人物は、全員知らない人です。

「はい、分かっています」
ゆっくりと頷き、温和な表情で返すおばあちゃん。
「分かってるって?ほんまかいな?」
俺はそう思いながら、ふたりを見詰める。

「上本町からは、どこへ行くんですか?」
穏やかに話す女性。
次に、おばあちゃんの口を開き、こう答えた。
「わからしません」

体の中心が凍り付く感覚。
おばあちゃんは、何とか上本町までたどり着けた…が、上本町からどこへ行くかは、「分からない」と。
おばあちゃん本人の口から、「分からない」と。

「え?やっぱり、老人ホームから抜け出した系…?」
何だろう?
俺まで不安になってきた。
ますます。

続けて、おばあちゃんが「上本町には、迎えの人が来てましてね…」と言った瞬間、自動扉が開き、その先に「こっち、こっち」と手で合図する女性(30代 もちろん知らない人)。
おばあちゃんはゆっくりとホームに降り、笑顔で女性と何やら話し始めた。

なるほど。
もともと、上本町駅のホーム、先頭車両を降りたところで待ち合わせをしていたのか。
なるほど。
「はぁ」ゆっくりと息を吐く。

近鉄奈良線、難波行き急行の先頭。
この時、車内でほっとしたのは、俺ひとりではなかったと思う。

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コメント

  1. トマジ より:

    ドキドキしました