(1020)酒肴・豊川(仮名)-3

着物姿のTさん(40代 女性)にビールを注いでもらう。
「有り難う。でも、気ぃ使ってくれんでもええで」
「ええからええから。今日は雨やし、他にお客さん来てくれへんやろし、ゆっくりして行ってね」

確かに、お客さんが来てくれる雰囲気は0。
現時点で、客は俺ひとり。
店内には、他にTさん。
そして、アルバイトの女の子。
ドアの脇に立ち、前の通りを眺めながら、随分と退屈そうにしていた。

「なぁ、私もビールもらっていい?」
隣のテーブルに座るTさん。
「ええけど、もしもお客さんが来たら、料理作られへんのちゃう?」
「大丈夫。ビールぐらいで酔えへんよ」
彼女は、若い頃、水商売で人生一発逆転した女。
妙な説得力を感じ、俺はビールを注いだ。

「なぁ、krmくんとこからな、ここまで遠かった?時間、結構かかった?」
「時間よりも乗り換えが鬱陶しかったわ。ほんま、難波とか梅田で店始めてくれたら、こっちは助かるんやけどなぁ」
「う~ん。そうやなぁ。私も最初はそう思っててん。難波か心斎橋辺りでって。それがねぇ…」

Tさんの話によると、和食の料理屋で働きながら、独立の日を目指し物件を探していたが、結局、賃料がネックになった。
「繁華街に近い場所で探したんやけどねぇ。ちょっと前は安い物件もあってんけど、どんどん値上がりしていって…」
「同じ物件でもなぁ、1ヶ月後には『こんなに高なってんの!?』っていうのもあって」
「もう『コロナの後を見越して設定してるんかぁ』って思ったわ」
語りながら、ビールをガンガン飲む彼女。
俺も釣られてペースを上げる。
「はぁ…。瓶ビール、もう1本ちょうだい」
「まいど~」

「で、ここに決めたんは何でなん?家から近いとか?」
「思ってた場所とは違うけど、まだ安かったから『早めに契約せな』と思って。あと、近い…んかな?う~ん、家から自転車で20分ぐらいやわ」
普段、ロードバイクに乗る俺からすると、ママチャリで走る20分の距離がどれほどか分からない。

「ちなみに、ここ、前は何屋やったん?」
「食堂やったらしいよ。1年ちょっとで畳んだんやって」
「1年ちょい?」
「うん。狭い裏通りに面した店やから、目立てへんやんかぁ?仕方無いねぇ。まぁ、私も商売しにくい場所って分かってたけど、勢いで契約したわ」
苦笑いのTさん。

「それにしてもねぇ…」
Tさんが続ける。
「カウンター席が無いんはちょっと…やんねぇ…」
「うん、俺も思うわぁ。小料理屋でカウンターが無いのは、何か不自然と言うか…」
「やっぱりねぇ」
「そら、お店の人と喋りたくて来るお客さんもおるからなぁ。テーブル席だけやと、距離があるわぁ」
「そうやねぇ。ひとりで来たお客さんにはね、私、出来るだけ話し掛けるようにはしてるんやけどね。でも、カウンター、あった方がいいよねぇ」
「何で改装せえへんかったん?」
「え~、お金が無いよ~」
彼女はシングルマザー。
経済的に苦労しているようで、この後、話題は子供の奨学金へシフトした。

ペースを崩してぐいぐい飲んだせいか、体が熱い。
外の風に当たりたい。
「ちょっとな、この辺、ぶらぶらしてくるわ。5分ぐらいで帰って来るから」
席を立ち、ドアへ向かう。
「雨、もう止んでますよ」
アルバイトの子にそう言われ、俺は軽く会釈した。

つづく

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