フィニョンさんの顔を見て、ひとつ思い出した。
「Nさんの先輩に、自転車好きな人がいるって聞いたことがあるような。あ、この人のことか?」。
俺は、酒を飲みながら、フィニョンさん(以下、フ)と話す。
「ランドナーに乗って、どこを旅したんですか?」。
フ:淡路島も行ったし、鈴鹿の方にも、日本海側にも走りましたよ。六甲も登りましたわ。中学校から高校時代の話になりますけどね。
俺:(40年前の話かと思いながら)自分はロードバイクに乗り出してちょっとなんですが、淡路島は走りました。
フ:ほお。
俺:ロードとランドナーやと、同じ淡路島、同じ道を走っても、また感じ方は違うんでしょうね。
フ:そうですね。急いで走るよりも、ゆっくり走って、その土地の人と会話したり、飯盒でご飯炊いて食べるのが自分は好きなので、ランドナーの旅は楽しいですよ。
俺:速く走るより、のんびりと旅を楽しむと。
フ:はい。昔、淡路島を一周した時も、今みたいに便利な時代じゃないから、ハンドルに地図を固定して、それを見ながらのんびり走るんですよ。
俺:ほうほう。
フ:それで、自分がどこにおるかわからなくなっても、地元の優しい人に道を聞いてね。今でも、淡路島を走って、自転車乗り同士で挨拶します?
俺:勿論ですよ!軽く右手を挙げる程度の挨拶はします。
フ:(感慨深そうに)そうですか。人とのコミュニケーションはいいですね(それこそ旅の醍醐味だという表情で)。
俺:ランドナーやと、1日で淡路島1周は難しいでしょ?今は法律的にあかんやろけど、フィニョンさんは、よく野宿したんですか?
フ:淡路島の時は、海岸にテント張って1泊しましたわ。飯盒でご飯を炊いてね、缶詰めをおかずにして、いざ食べようとしたら、大失態でした。
俺:どういうことですか?
フ:米も飯盒も缶詰めも、前にふたつ、後にふたつ設置したバッグに入れたんですけど、箸を忘れましてね。そこらの木の枝を削って箸にしたんですわ。
俺:(詰めの甘さは俺と同じやなと思いながら、ニヤニヤ)。
俺:他にも失敗談はありますか?(失敗だらけの俺にとって、大好物の話を聞きたい)
フ:三重の方に走った時ですわ。めちゃめちゃ寒い時期でね…。
俺:ほう。
フ:夜中に山の中を走ってたんですよ。ライトなんて、今はLEDでしょ?当時は豆球で、前が見えへん見えへん。
俺:(「マジ?」と思う)
フ:夜中やし山の中やから、ものすごく寒くなりまして。「どこかに寒さをしのげる所はあれへんか?」と思いながら走ったらね。
俺:ほうほう。
フ:ちょうどいいのがあったんですよ。道の脇にね、無人でボロボロの車がとめてあってね。「助かった」思いましたわ。
俺:それ、事故車が廃棄されてたんちゃいますん?
フ:今思うと、多分そうやと思いますわ。ただ、その時は寒すぎて、気持ち悪いとか言うてる余裕は無かったんですよ。
俺:あんまり、経験したくない経験ですね。ちなみに、今は自転車を引退してもうたんですよね?
フ:昔乗ってた愛用のランドナーをね、高校の時ですわ。親父が、自分の勤めてる会社の息子にあげたんですよ。
俺:え?何の断りもなくですか?
フ:そうです。学校から帰ってきたら、自転車あれへん。びっくりしましたよ。
俺:それ以来、スポーツタイプの自転車には乗らず…ですか?
フ:はい。
俺:もう、興味もなくしました?
フ:興味はありますよ。僕は○○百貨店で働いてるんですが、数年すれば定年退職なんで、またのんびり旅をしたいです。
俺:またランドナーですか?
フ:そうですね。昔やったように、のんびり走って旅をしたいから、ランドナー。日本一周したいなぁ思いますわ。
俺:いいですねぇ。自分も連れていって下さいよ。あ、でも、今は自転車は持ってないんですよね?
フ:まぁ。でも、退職金で買いたいですね。うん、DE ROSAのフレームがいい。
「DE ROSAは今も人気あるけど、昔からの自転車乗りにとっても憧れなんやなぁ。さすが、伝統あるブランドや」。
ほろ酔い気分で、そんなことを考えながら、フィニョンさんの話に、また耳を傾けた。