(208)俺のチェレステが、有名百貨店の紳士服売り場を彩る。-6

あと数日で、俺のロードバイク、Bianchi ARIAが、某有名百貨店の紳士服売り場に展示される。
スポーツタイプの自転車を趣味として乗り初めてから、こんな日が訪れるとは、想像もしなかった。
缶コーヒーを飲みながら、「俺もここまで上り詰めたか…」と、つい独り言を呟きそうになる。
しばらく自分に酔っていたところ、フィニョンさんからメールが入った。
「お借りしたロードの搬入が終わりました。閉店後、売り場に設置します」。

フフフ…と笑いが込み上げてきそうになる。
子供の頃から知っていた、あの高級百貨店に俺のロードが飾られる。
高校生の頃、コム・デ・ギャルソンの服を買いに行ったあの百貨店に、ついに俺のロードが展示されるのだ。
繰り返すが、「俺もここまで上り詰めたか…」。

が、ちょっと待てよ。
俺が想定している○○百貨店は、本店。
フィニョンさんが勤務しているのは、支店。
「え、あそこかよ!?」。
うちの家から支店までは、遠くない距離だ。
本店よりも、むしろ支店の方が近い。
ただ、「あそこで買い物するんやったら、梅田か難波に出るわ」と判断する中途半端な位置関係で、俺は一度も行ったことがない。
それに、飽くまで、俺の中では「○○百貨店=本店」なのだ。
だからと言って、「支店やから、展示を観に行くんやめますわぁ」という気にもなれない。
俺が苦楽を共にしたロードの晴れ舞台。
「行く」以外の選択肢は無いのだ。

野球の練習、ロングライド、プロレス観戦。
多忙なスケジュールの中で、○○百貨店××支店にうかがう時間を設けた。
そして、俺は電車に乗った。
今回のような、よっぽどのことがない限り、乗る必要が無い路線だ。
短い距離の中、たいして面白くもない景色を目にしながら、「そういや、前、これに乗ったのはいつやったっけ?」と考えた。

そうだ。
十数年前だ。
20代後半の俺は、会社を辞めて職を求め、この電車に乗って、某中小企業に面接を受けに行ったのだ。
その企業は、駅に近い雑居ビルの1室に事務所を構えていた。
転職情報誌には、「ソフトウェア開発」とうたっていたが、ずらっとパソコンが並べられた環境ではなく、しょぼい机がふたつあるだけ。
キーボードをパチパチはじく従業員がひしめいているわけでもなく、スーツを着た若い兄ちゃんがひとりいるだけ。
「自社で開発業務をしてるわけちゃうねんな」と思っていると、兄ちゃんとの面接が始まった。
「まだ若い会社なんです」。
「みんなで頑張って盛り立てています」。
「みんなで頑張って、みんなで豊かになるのが夢です」。
「営業も頑張って仕事を取ってきて、それに応えるように技術の人も頑張ってくれてるんです」。
「みんなと一緒に、この若い会社を盛り立ててくれる人なら、大歓迎です」。
俺からすると、「夢?はぁ?」。
そんな情緒的な話を聞いても、「知らんがな」とか、「夢を持つんは自由やけど、いちいち口に出すなや、ボケ」、「誰でも頑張ってるがな」としか思えない。
それに、耳障りの良い言葉、抽象的な言葉に対し、「そんなん、いらんねん」とも思う。
「そんなもん、お前らの勝手やんけ」。
「なんやこいつ。ほんまに胡散臭いなぁ」。
話を聞いてて、不快すぎる。
「それでですね」と、兄ちゃんがまた口を開いた。
「正社員を採用するより、派遣社員として頑張ってもらいたいんですよ」。
俺は、口には出さなかったが、「はぁ?」だ。
転職情報誌に「正社員募集」と記載されていたから、俺は面接に来たのに、「派遣?」。
「それならそうと、最初からそう言えよ。お互い無駄な時間を過ごさんですんだのに」と、口には出さなかったが、言いたくて言いたくて、もどかしい気分になった。
「どうでしょう?」と聞かれる。
「何の義理があって、こいつらの金蔓にならなあかんねん」と思う俺。
「派遣なら、結構です。すみません」と伝え、とりあえずその日は帰ったが、連日、その兄ちゃんから電話がかかる。
「SANYOさんの仕事がありまして、とうですか?うちの派遣で行きませんか?」。
時給の確認などする気も無く、「いえ、結構です。すみません」と答えた。
「SANYOさんには、うちの先輩スタッフもいるので、頑張ってくれませんか?」。
「そのSANYOさんの仕事って、勤務地はどこですか?住道ですか?」。
「はい、住道です」。
「職務経歴書にも書きましたが、自分はSANYOさんのプロジェクトで使ってもらったことがあります。住道でした。あそこ、うちから遠いので、お断りします」。
一旦、話はそこで終わったが、2~3日して、また電話がかかってきた。
「住道、近いですよ。通勤時間、1時間かかりませんよ」と。
「いや、住道駅までは、乗り換えがうまく行くと、さっと着くかもしれませんが、駅から10分は歩くじゃないですか。そういうの、無理なので」。
明らかにやる気が無い雰囲気を漂わせながら、俺はそう答えた。
また2~3日してから、電話。
「もう、ええって。なんやねん?」と思いながら、応答すると、「住道駅から作業所まで、2~3分ですよ」とのこと。
「今、住道のSANYOさんで働いている、うちの先輩スタッフに聞いたら、『駅から2~3分やで』と言ってましたよ。ちゃんと確認とったんですよ」。
俺は、ため息が出た。
「現に俺はそこで働いた経験があって、駅から10分はかかってるのに、先輩スタッフ?俺からしたら、なんか知らん奴は、2~3分?お前ら、しょーもない嘘をつくなよ」。
下等動物の相手をしていると、自分自身まで惨めな気分になってくる。
そんな苦い思い出。

電車に乗っていて、なんかムカムカしてきたが、フィニョンさんの勤務する百貨店の最寄り駅で降り、俺のロードが展示されている売り場に向かう。
エスカレーターに乗り、紳士服のフロアをうろうろしていると、あった。
クソ企業の恨み辛みなど、一瞬でふっとんだ。
チェレステが、目立って見えた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする