(36)スポーツタイプの自転車に乗ったことで、巡り合えた人たち-1

右手でクロスバイクのハンドルを握り、左手でスマートフォンをいじりながら、次の高速船が来るのを待っていた。
自転車で淡路島に渡るには、明石港のジェノバライン乗り場から高速船に乗らないといけない。
船を待つ人たちの列に並び、俺はひとりでつまらない時間を過ごしていた。

「それ、高いんやろ?」
おじいちゃんのしわくちゃな笑顔が、俺の耳元にあった。
釣竿が入ったケースを肩に下げ、足元にクーラーボックスを置いている。
急に話しかけられて、少し驚いたが、「5万円ぐらいですよ」と俺は答えた。
「そうか、おっちゃんが乗ってる自転車はなぁ、1万円もせえへんで。兄ちゃんのはえらい高い自転車やなぁ」
「スポーツ用の自転車は、上には上があって、自分のはたいしたもんではないですよ」
「そうかぁ」
と、3分ほどの会話を交わしたのだが、とにかく苦労した。
方言がきつすぎる。

昔の人だからなのか、よほど方言のきつい地域に住んでいるからなのか、原因はわからない。
とにかく、何を言っているのかわからない箇所が多々ある。
俺は大阪市で生まれ育ったので、泉州弁も河内弁も理解できる。
京都弁も、俺の感覚では、「変な話し方するなぁ」と思う時はあるが、理解はできる。
神戸弁に関しても同様だ。
ただ、このおじいちゃんは、どうも播州弁のようで、普段なかなか聞く機会が無い俺には、理解が難しい。
また、そもそも声はでかいが滑舌が異常に悪く、方言以前に問題がある。

おじいちゃんが、気持ち良さそうに長々と語りだす。
笑顔で頷きながら話を聞く俺は、内心ぞっとしていた。
まるで、英語の長文問題を突きつけられた気分だ。

学生時代、英語は、和訳が面倒なので嫌いな科目だった。
幅を取る上、重たい辞書を持って行くのも、それをいちいち読むのも鬱陶しい。
大学に入ると、授業であてられて、恥をかくことを本気で恐れた。
仕方がないので、事前に教科書の和訳をしてから授業にのぞむことにしたが、その作業があまりにも苦痛だったので、家で酒を飲みながらこなしていた。
大学を出て社会人になった後、このような困難に直面するとは、正直、想像もしていなかった。

必死で、おじいちゃんの話している内容を理解できるよう努力した。
何を言っているかわからない箇所は捨てて、わかった箇所を手掛かりに、相手の文脈を推測し、全体を構築する。
「おーしゃーでな」とは、「おーしゃー」は「大島?地名かな?『大島でな』と言っているのか」などと仮定を繰り返し、前後の文脈をつなぎ合わせた。
その結果、正解かどうか自信はないが、ひとつの答えが出た。
「私の甥は、もともと、酒はほとんど飲まないし女も買わない。たまに大島で1杯ひっかける程度で、金をつかわない男だった。それが、車が趣味になり、大阪の南港まで行って高級車の注文をした。最近は自転車にも興味を持ったようで、高価な自転車に乗っている」。
なるほど。
かなりどうでもいい話だ。

次は、なんて返したらいいか悩むことになった。

※この記事は、2019年2月4日、俺が別のブログに投稿した文章を、加筆、修正したものです。

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