(274)もうそこにある。伊勢志摩サイクリングフェスティバル。

「やけに風が強いな。今日は」と、ポケットに手をつっこんで、待ち合わせの蕎麦屋へ歩く。
昨日の夕方は妙に風が強く、外に出たくない気持ちもあったが、大事な話をしなくてはならない。
もう、すぐそこまできた12月1日、我がチーム(俺も含めておっさん3人)が参加するイベント、伊勢志摩サイクリングフェスティバルの打ち合わせをしなくてはならないのだ。
本来なら全員集合して(と言っても、おっさん3人)、細々したことについて説明したかったが、ひとりは時間が取れないようで、不参加。仕方がない。
おっさん2人で酒を酌み交わしながら、イベント前日と当日の流れについて話す(なるべくなら、いっぺんに処理したかったよ)。

近鉄電車の駅で伊勢志摩サイクリングフェスティバルのポスターを見て、チーム全員(俺以外のふたり)に参加を促したのが俺ならば、近鉄難波営業所で決済をし、担当者から説明を受けたのも俺だ。
チームのメンバー(この日、俺以外ではおっさん×1)に説明する責任が、俺にはある。
さすが、エース。
さすが、キャプテン。
さすが、俺。

メンバーのひとりであるAさんは、俺より先に蕎麦屋に着き、テーブルに座ってイベントのパンフレットに目を通していた。
「お疲れ様です」と俺。
「とりあえず、何飲みましょ?」とAさん。
「ビールで」。
「瓶にしましょか?」。
「ほな、キリンで」。
ちょうど、蕎麦屋の大将が注文を聞きにきてくれたので、「キリンの瓶ビール」と伝えた。
「今日はお渡ししたい物と、説明したいこと、資料もあります。まぁ、聞いて下さい」。
俺は、ショルダーバッグから、新日本プロレスのライオンマークビニール袋を取り出す。
そして、「とりあえず、これ、チケットです。1枚1枚説明します」。

大将が瓶ビールを持ってきてくれた。
「何かちょっとした物も頼みましょか?」とAさんに言われ、俺は「筑前煮で」と答える。
「それでですね、これがサイクルトレイン、上本町~賢島間の往復チケットです。2枚。それと、向こうに着いてからバス移動があるので、バスのチケット。お受け取り下さい」。
仕事でもないのに、人に何かを説明するのは面倒くさいものだ。
この時点で、既にそう感じた。
まぁ、当日、自分が遅刻した場合、全員に迷惑を掛けるので、とりあえずAさん分のチケットを事前に渡せたことについてはほっとする。
俺は、グラスに口をつけた。

「資料が3枚あります。人数分の資料はもらっていないので、自分の方でコピーしてきました」。
ここに来る前、コンビニに寄って俺は30円使った。
別に、Aさんに請求する気は無いが。
「で、イベント前日、我々がサイクルトレインに乗るのは上本町駅。朝の8時過ぎ発ですが、その前、7時20分に参加者の集合場所に来て下さいと、近鉄の担当者に言われました」。
仕事でもないのに、説明するのが面倒くさい…。
俺はビールをぐっと飲む。
「自分は上本町の集合場所まで、ロードバイクを輪行して電車で行きます。Aさんは、ロードで上本町まで走るのか電車で来るのか、それはご自身の判断でお願いします」。
「そっかぁ。まぁ、上本町まで電車にしよかぁ。電車の方が正確な時間に着くし」とAさん。

テーブルに、筑前煮、おでんの盛り合わせ、大根のそぼろあんかけが置かれた。
「めちゃめちゃうまそうやんけ。イベントの説明なんか、適当でええわ」。
そんな邪念に犯されそうになったが、「ダメだ」。
俺は正気を取り戻しました、はい。
「サイクルトレインに乗って3時間後、午前11時過ぎには賢島駅に着きます。そこから、人はバス、自転車はトラックに載せ、スペイン村に向かいます」。
「その理由は、前日の受付を済ますためです」と言いながらも、おでんの盛り合わせをばくばく食うAさんを見て、「ほんまに聞いてくれてる…?」と思った。
何か、不安というか寂しくなる。
俺はビールを口に含んだ。

「当初、自分としては、スペイン村で受付を終わらせたら即ホテルに行き、一度ホテルに荷物を置いた後、バスなりタクシーに乗って飲みに行こうと考えていたのですが、その場合、チェックインより1時間以上早くホテルに着いてしまうので、スペイン村で時間を潰しましょう」と俺。
大根のそぼろあんかけをうまそうに食うAさん。
「一応、相槌を打ってくれてるけど、聞いてるよな?」。
怖くなってきた。
「それで…、えと、スペイン村のチケットも向こうで貰えますので。イベントの参加費に含まれています」。
俺のグラスにビールをつぎながら、「それはかなりお得ですよねぇ!」とAさん。
気持ちのこもった反応があり、俺はほっとした。

Aさんは、50前の酒飲み。
うまい物には金を惜しまない、彼なりの道楽がある。
素面のAさんと接するのは、年に1回のロングライドの時ぐらいだが、基本的に「冷静で論理的思考の持ち主」だと俺は感じている。
「だから、あまり食う方に集中せず、俺の話も聞いてね」と念じながら、説明を続けていると、俺もだんだんと酔っ払ってきた。
「大将!芋焼酎、水割りで!」。

芋焼酎をちびちび飲む。
Aさんは、熱燗。
ふたりともかけそばを食って、「もう1軒行こかぁ!」。

「いやぁ、実に楽しかった」。
朝、起きて、昨日のことを思い出すと、その印象が強く残っている。
「まぁ、楽しかったが、Aさんには俺の説明がどこまで伝わっただろう?」とも思う。
仮に、ほとんど伝わっていなくても、出発は今週の土曜日。
伊勢志摩サイクリングフェスティバルは、もうすぐそこにあるのだ。

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