(279)伊勢志摩を走る。~1日目 賢島までの退屈な車内~

後ろから「プシュ」と音がした。
「あぁ、缶ビールを飲むんやなぁ」。
上本町から賢島に向けてサイクルトレインが走り出す。
車内はけっこう空いていた。
「定員に達するまでに予約を済まさなくては」と、早くチケットを買いたくて何度も難波営業所に通ったのは何だったのか?
俺はそんなことを考えながら、2人分の席をひとりで独占し、ぼけっと車窓からの景色に目を向けた。

「前にね、僕、近鉄沿線の職場に勤めていたので、この電車、久しぶりなんですよぉ」とBさん。
「あー、そうですか」とAさん。
ふたりは俺の後ろの席で缶ビールを飲みながらくつろいでいる。

「Bさんのことやから、サイクルトレインの中で酒飲もうとするでしょうけど、たしなみ程度にして下さいね」。
出発前、俺はBさんに注意した。
この人は、飲んだら(飲まなくてもだが)たちが悪い。
いらんことを言う。
無駄に人に絡む。
友達でもない人にも絡む。
赤の他人にフレンドリーに接して、本人は「ええことをした」と思ってるのだろうが、相手からすると迷惑でしかないケースもある(いや、ほとんどそうだろう)。
「酒飲んで調子乗ると、俺までアホと思われるので、ほんまにほどほどにして下さいね」。
俺は念を押した。
後で判明したが、出発前、Bさんは駅の売店で缶ビールを3本も買ったそうだ。
「あんたの遅刻に巻き込まれて朝っぱらから大変やったのに、飲みたいのは俺の方やで。はぁ…」。

サイクルトレインは、大阪の下町を走り抜け、奈良県に入った。
「疲れたなぁ」と目をつぶる。
が、20分ほどしか眠れなかった。
最近、鼻炎のせいで、鼻からの呼吸が辛く、ぐっすり眠れない。
「しゃあないなぁ。起きとこかぁ」。
特にすることもないのでぼけっとしていると、添乗員が切符を回収しにきた。

「そっれしても暇やわー」。
上本町から賢島まで、3時間ほどある。
本当は、サイクルトレインの中で本を読んで時間を潰すつもりでいた。
旅の準備をした時、「つげ義春の温泉」という文庫本をリュックに入れた。
が、家を出る前に「少しでも荷物は減らしとこ」と、こたつの上に置いてきてしまった。
判断をミスったようだ。
「暇やー」。

ぐったりと景色を眺める俺。
相変わらず、後ろの席ではAさんとBさんが話している。
もともと、AさんとBさんは、それぞれ別ルートの俺の飲み友達。
結果として俺が引き合わせた形になる。
そのふたりが、仲良く、楽しく話してる声を聞きながら、俺は売店で買ったお茶を口に含んだ。
「いやぁ、どうたらこうたらで、なんたらかんたら。それでね、Aさん、Lineやってます?よかったら連絡先を交換しませんか?」と、BさんがAさんが話し掛ける。
「それが、どうのこうので、どうやらこうやらで…。それに、このスマートフォンは会社から支給された物で、連絡先の交換はちょっと…」。
BさんはAさんに、やんわり連絡先交換をお願いし、やんわり断られた。
「男同士で連絡先交換を拒否られるって、どんだけ面倒くさい人やと思われてんねん!?」。
俺はお茶を吹き出しそうになった。

車内にアナウンスが流れ、また添乗員が通路を歩いてこちらに来た。
この後、賢島に着き、我々はバスに乗り、自転車はトラックに積んで、志摩スペイン村に向かう。
その際、自転車に括り付ける預り証、そして引換券を添乗員から渡された。
「あぁ、やっと降りるんかぁ」。
待ちに待ったサイクルトレインだったが、あまり満喫できた気がしない。
とにかく、暇で暇で。
賢島が近付くにつれ、「やっと退屈が終わる」という解放感に満ち溢れた記憶が残った。

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